新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「此処の病院に、来たことはあるか?」
「い、いいえ。ないです」
「そう」
何故? どうして病院に……。休みの日に、高橋さんと病院に来るなんて思っても見なかった。何で?
あっ……。
まさか、高橋さん。私の病気のことで、京葉大学病院じゃなくて、この病院で診て貰った方が良いと? 確かに、よく主治医は代わるけれど、それは大学病院だから仕方がない。でも、私は今の病院を、そしてあの病院の医師達を信頼している。それに、病院を変わりたいと思ったことも一度もない。
「高橋さん。すみません、私……。私は、今の病院の先生方を信頼していますし、転院するつもりもないんですけれど……」
高橋さんには申し訳なかったが、丁重にお断りをした。
「フッ……。誰が転院した方がいいと言った? 一介の会社の上司が、個人的で尚かつ、デリケートな部分に土足で踏み込むようなこと等、俺はしないし、出来る術も知らないが……」
高橋さん……。
「医者と患者の関係は、病気の症状もさることながら、診察というひとつの目的に対し、お互いの信頼関係で成り立っていると俺は思う。その信頼関係を築けないと患者が悟ったとき、初めてそこに転院という選択肢が出て来るんじゃないのか? 当人にしかわからないことも多いわけで、そこに敢えて他人がとやかく言える領分等もない。まあ、もっとも俺の身近には医者の端くれが一人居るが……。俺は明良を信頼しているし、この間の明良の診察を見て転院した方がいい等とは、思いもしなかったが」
高橋さんは、明良さんを信頼しているんだ。だとしたら、何故、この病院に?
「あの、すみません。そうとは知らずに、勘違いしてしまって……。でも、何故、この病院に?」
「ん? 秘密」
そう言って、高橋さんは腰を屈めて視線の位置を私に合わせると、ウィンクをして見せ、悪戯っぽく笑っている。
ち、近過ぎですって、高橋さん。思わず、咄嗟に顎を引いて下を向いた。
秘密って、何? 高橋さんから、そんな言葉が出るとは思わなかった。
「高橋。おはよう」
えっ?
その声に振り返ると、そこには折原さんが車の窓を開けてこちらに手を振っていた。
折原さん……。
「矢島さんも、おはよう」
「お、おはようございます」
何で、折原さんまで此処に?
折原さんも仕事の日とは違うラフなスタイルの私服を着ているが、背が高い折原さんは本当に何を着ても似合う。今日のスタイルも、凄く素敵だ。
それにしても、何が何だか皆目見当が付かない。いったい、此処で何があるの? 休日の土曜日に。
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