新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「厳冬期の北国に多く見られるんだが、海面から立ち上る水蒸気が、陸上の冷たい空気に触れることによって霧が発生する現象で、見た感じは湯気のように見える。湯気のように見えるから、錯覚で暖かいようにも見えるのだが、実際、海水温度が気温より高い場合に起きる現象だから、それだけ寒いということなんだ」
そうなんだ。
「初めて知りました」
「海以外にも、川や湖でも同じ現象が見られるが、海の広大な面積で毛嵐が起きると、それは幻想的な感じがする」
高橋さんの話を聞いていると、今は暖かい春だからいいが、これが冬だったら尚更、寒く感じてしまうかもしれないほど、そんな感覚になっていた。
「海面から立ち上る水蒸気は、まるで海の存在感を示しているようで、たとえ厳寒であったとしても海水は凍らず、湯気となって陸地との境界線を自ら作り出して海の存在感と威厳を保っているようにも見えるが、気温の上昇と共に毛嵐は消えてしまう。あっという間にな」
「そうなんですか。何か、呆気ないんですね」
自然現象のことなのに、何だかそう感じられた。
「呆気ないか。そうかもしれないな」
高橋さん?
高橋さんが、苦笑いを浮かべている。何か、変なことを言ってしまったのだろうか?
「その毛嵐は、俺でもあり、お前でもある」
「えっ? 私?」
毛嵐が、高橋さんや私でもあるって……。
「人は、何かを成し得ようとする時、同時に何かしらの犠牲を払う。犠牲と一言で言っても、それは時間だったり、家族だったり、お金だったりするんだが、それを成し得られなかった場合、それは犠牲だけが結果的に残ると考えるのが普通だよな」
犠牲だけが残るだなんて、酷だな。
「だが、その犠牲を怖がっていては何も出来ないこともある。失敗してこそ、次があるわけで、最初から諦めていては何も発展はしない。毛嵐は、気温が上昇すれば呆気なく消えてしまうかもしれないが、敢えてその限られた時間に闘いを挑むのも悪くないと俺は思っている」
高橋さんは、私に何を?
「今、会社は切迫した状態で、そこにきてこの国の経済状態の悪化でかなり厳しいところまできている。諦めて、波に飲み込まれるのは楽な選択だ。だが、たとえ毛嵐のように消えてしまう運命だったとしても、その存在感と威厳を最後まで保ちたいと会社も俺も願っている。さっきお前が俺に言った言葉に、嘘、偽りがないのなら、明日を生きるために、限られているかもしれない会社の運命にその力を貸してくれ」
「高橋さん……」
力を貸してくれだなんて、そんな事、高橋さんに言われたら、私……。
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