新そよ風に乗って 〜時の扉〜
中原さんに差し出された書類を受け取り、電卓を叩きながら書類の縦計を入れていたが、何度やっても合計が合わず、思いの外、時間が掛かってしまい、計算の途中で電話を取ると、また最初からやり直しになってしまうので捗らず、そうこうしているうちに高橋さんが会議から戻ってきてしまった。
「ただいま」
「お帰りなさい」
高橋さんが書類を抱えて帰ってきた姿をチラッと見たが今は余裕がなかったので、また直ぐ電卓と書類に視線を戻す。
「お帰りなさい。三本電話入ってます」
「ありがとう」
高橋さんと中原さんの会話を聞きながら、何となくだが高橋さんが席に居ると安心している自分が居た。でも計算が合わず、中原さんがこの書類を待っていると思うと、段々、焦りが募ってきて、顔をあげて中原さんの方を見ると、下を向いてやはり電卓を叩きながら計算をしていた。きっと、違う書類を先にやってくれているのかもしれない。申し訳ないな。私も頑張らなきゃ。中原さんから視線を手元に戻そうとした時、ふと視線を感じて見ると、高橋さんと目が合ってしまい、慌てて手元に視線を戻した。
ああ、思いっきり視線が合ってしまって焦った。
「矢島さん。もう時間だけど、まだあがれない?」
えっ……。
高橋さんの言葉で時計を見ると、もう十七時を過ぎていた。
「す、すみません。計算が合わなくて、まだちょっと……」
「そう。それじゃ、それが終わったらあがっていいから」
「あっ……はい」
高橋さん……。
話しかけられた時、てっきり手伝ってくれるとか、何か言ってくれるかと思ってた。でも、私の予想は外れたが、これが社会人としての責任なんだと思えて、先ほどの予想は自分の甘えだったと少しだけ反省しながら、気を取り直してもう一度、計算を始めた。
しかし、思いとは裏腹に、なかなか人生上手くいかないのと同じで、計算は何度やっても合わず、情けなくなってきてしまった。経理の担当者からしたら、枚数が百枚ちょっとの書類の縦計を入れるだけと言われてしまうだろう。だとしても、今の私にはその百枚ちょっとの枚数が何万枚にも感じてしまう。パソコンの計算式に入れて、インプットしていけるものならば良いのだけれど、この書類はケースバイケースの差し引きがあるので、その分を加味してメモリープラス、マイナスを繰り返しながらの計算のため、何処かで間違ってしまう。いっそのこと、一枚ずつ合計を出してから足していった方が早いのだろうか?そんなことまで考え出してしまっていた。
「今まで、どのくらい合計金額の差が出てる?」
「は、はい。ちょっと待って下さい」
いきなり高橋さんから話しかけられて、舞い上がってしまい、走り書きしたメモが見当たらなくなってしまった。
あった!
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