意味がわかると怖い話

自殺の名所




 ここ数年、自殺の名所として名の知れ渡っているこの場所は、その噂もあってか人通りも全くと言っていい程になく、独り静かに逝くには丁度いい場所だった。
 きっと、この場所に来るのは自殺志願者くらいなものなのだろう。そう、まさに今の俺のように──。

 事業の失敗で多額の借金を背負うこととなってしまった俺は、この日、三十八年間という短い生涯を終えようとしていた。
 おずおずと身を乗り出して眼下を覗いてみると、断崖絶壁の岩場に勢いよく打ち付けられた波が飛沫(しぶき)を上げる。その光景に思わず怯んでしまった俺は、絶壁を見下ろすようにして立っていた足をにじりと後ずさせた。


「実際見てみると、やっぱり迫力ありますよね……」

「──!?」


 突然の声に勢いよく後方を振り返ってみてみれば、そんな俺と視線を合わせた男が柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべる。年の頃は、四十半ばといったところか。
 そのままゆっくりとこちらへ向かって歩き始めた男は、俺のすぐ横まで来るとピタリと足を止めた。


「……ほら、あの岩場」


 絶壁を覗き込むようにしてそう告げた男は、おもむろに右手を動かすと眼下を指差した。
 この予期せぬ展開に少しの間呆けてしまった俺は、男の横顔を見つめながら間抜けな声を上げた。
 

「…………え、?」

「ほら、手前右側にあるあの岩場ですよ。見えるでしょ?」


 面食らって固まったままでいる俺を他所に、そんなことお構いなしとばかりにニッコリと微笑んだ男。その勢いに圧倒されながらも、男のペースに乗せられた俺は小さく口を開いた。


「……あ、はい」

「あの岩場ね、ここから見るより実際は随分と尖っているんですよ。固い岩でもね、ああして打ち付ける波に少しずつ削られていくらしいですよ」

「は、はあ……」


 この男は、一体何が言いたいのだろうか──?
 自殺の名所として知られているこの場所に、明らかに観光が目的とは思えない男が二人。その内の一人は、今まさに自殺しようとしていた俺に他ならないのだが、そんな俺の横で揚々(ようよう)と話し続ける男の姿に酷く困惑した。
 

「自然の力って凄いですよね」

「……そう、ですね」


 少しばかり怯んでいたとはいえ、自殺するタイミングを逃してしまった俺は小さく溜息を吐いた。そこに安堵の息が含まれていなかったかといえば嘘になるが、男の登場によって勢いを削がれてしまったということも事実だった。
 

「相当痛いんでしょうね……」

「……え?」

「いやね、あの岩に叩きつけられたら相当痛いと思うんですよ」

「…………」

「ここから飛び降りれば海に沈むと思うでしょ? でもね、実際には海に届かずにあの岩場に叩きつけられるんですよ」

「……っ!?」

「打ちどころが良ければ、即死なんてできないでしょうね。息耐えるまで随分と苦しむんじゃないかな……何ヵ所も骨折するだろうし、相当な痛みでしょうね」


 そこまで告げると、俺を見て優しげに微笑んでみせた男。その表情は確かに穏やかだというのに、告げられた内容は酷く生々しく、それに恐怖した俺はブルリと肩を震わせた。


「なっ……、にを言って……」

「貴方がここに歩いて行くのが見えたんでね、もしやと思って来てみたんですよ。貴方を助けたくて」


 そう言って柔和な微笑みを浮かべる男を前に、俺は張り詰めていた糸がプツリと切れたのを感じると涙を流した。
 人生に悲観してここまでやって来たはいいものの、いざとなると自殺する勇気さえ持てない。そんな俺を助けてくれようだなんて、今しがた出会ったばかりの男の言葉とはいえ、それが深く心に染みたのだ。
 突然岩場の話をし出した時には困惑したが、あれがこの男なりの自殺を思いとどまらせる方法だったのだろう。


(もう一度、諦めずに頑張ってみよう──)


 そう思えたことに感謝しながら嗚咽(おえつ)すると、俺は目の前の男に向けてゆっくりと口を開いた。


「……もう少し、頑張って生きてみようと思います」

「そうですか……。皆さんそうおっしゃるんですよ」

「えっ……?」

「ここ数年、貴方と同じ目的でここを訪れてきた人達にお会いしてきたんですがね、皆さん口を揃えて同じような事を言うですよ……。今回も来てみて良かったです」


 そう告げながらニッコリと微笑んだ男を見つめながら、カタカタと震え始めた俺の身体。その表情は、今しがた生きようと心に決めたばかりの者とは思えぬほどに絶望に満ちていた。










【解説】
この場所を訪れた人達が皆、自殺することを思いとどまったというなら、ここ数年この場所で自殺した人達は一体……?

男の言う”助ける”とは、自殺を思いとどまらせることなどではなく、自殺できなかった人達の手助けをしてあげるということなのだ。
その意味に気付いてしまった俺は、恐怖に震えながら自分の死を悟って絶望したのだ。
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