まじないの召喚師 ー生まれ変わりの花嫁ー


昼食を終えたら、ハンモックを設置して、その上でひたすらぼーっとしていた。

木陰で、そよ風で、お昼寝にちょうどいい気温で。

空気に溶けるように眠る………。



「寝るな」



「ふげっ!」



ことはできなかった。



「あれ、これ、完全に昼寝の体勢では? つまりは、昼寝の推奨でしょう?」



痛む額をさすって問うと、片手を挙げた先輩が素振りする。

二発目の準備はやめてくれ。



「瞑想だよ。体内を巡る霊力を意識しろ。血液が全身を巡るように、体の中心から末端まで行き届くように。無意識に、寝た状態で、それができるようになれ」



「んなむちゃくちゃな」



「闇雲に術の訓練だけするのは良くないようだからな。すぐに接近戦をさせるつもりはないが、身体能力強化は腐らない。最後に頼りになるのは己が肉体のみ」



「脳筋?」



「おいコラ」



「だって、力こそパワーみたいな発言されたらさ、疑いようがないといいますか」



「制服のボタンを刀に変えた時は、ボタンに霊力を通し、形を変えたんだ。おそらく、コノハナサクヤメが植物を操るのも同じ原理だろう。お前も、体を巡る霊力を意識して、操作することによって、術を使いやすくなるかもしれない」



伸び悩んでいる現状、思いつくことは試すべきか。



「……イカネさんはどう思う?」



「わたくしには、使えなかった頃など記憶にありませんから。………でもそうですね、まったく関係のない話とは思いませんよ。霊力の塊そのものをぶつけることだって、攻撃手段のひとつです。霊力操作の向上により戦いの幅は広がるかと」



「イカネさんがそう言うなら……」



「おいコラ」



「ふふっ、月海さんがわたくしにばかり頼るから。彼、拗ねていらっしゃいますよ」



「拗ねてねぇ」



「先輩らしくないですよ。もっと傍若無人でないと」



「俺をなんだと思ってるんだ」



「ぉ…………先輩は先輩です。他の誰でもありません」



俺様理不尽大魔王、とは言わないでおいた。



「ったく、まあいい。ほら、手を出せ」



てのひらを上に、両手とも出されたので、私の両手を重ねる。

お手される犬って、こんな気分なのかな。



「俺が補助してやる。意識しろ、霊力の流れを」




両手がほんのりと温かくなり、全身を何かが這い回るような、くすぐられるような違和感を感じた。

反射的に引っ込めようとした手を強く握られ、止められる。



「くぅっ、はぁ………っ」



「落ち着け。ゆっくり息して」



「いやいや無理無理、くすぐったいっ」



体の内側を暴かれるような、かき混ぜるような、とにかく落ち着かない。

どれだけの時間が過ぎたかわからない。

頭がおかしくなりそうになったところで、身体中を蠢くそれは止まり、両手が解放された。

体感的には数時間に及ぶ拷問を終えても、まだかき混ぜられているような感覚が残っている。



「その感覚を忘れないうちに、制御してみろ」



「ふっ……くっ………」



こいつ、簡単に言ってくれる。

いや、彼にとっては簡単なことなのでしょう。

むかついて、暴れる感覚をそのままに、先輩に放った。



「うおっ!」



それは、素早く側転を決める彼の横を過ぎ、木をへし折る。



「…………わお」



霊力の塊をぶつけることも攻撃手段のひとつ。



「おいテメェ、殺す気か?」



胸ぐらを掴み上げられ、私は両手を上げて顔をそらす。



「………滅相もない」



「今、故意に俺を狙っただろ」



「んなことないない。たまたまそこにセンパイがいただけですからごめんなさい!」



でも、溜めるのはよくありませんからね、悪かったと思いながらも少しだけスッキリしたのは嘘じゃない。

モチベーションという意味でも、焚き火よりも効果が見込めそうだ。

霊力操作を極めて、次こそは先輩に一撃入れよう。



「おいコラ、テメェ、俺の目を見てもう一度言ってみろ」



「だからゴメンって。………………嫌だなぁ先輩、悪いと思ってますよ。ちょっと失敗しちゃっただけで………」



「歯ァ食いしばれ」



まずい。


私は教わったばかりの霊力操作で、頭を守るように霊力を展開する。

完成と同時に、横っ面に拳がふるわれた。

痛みはさほどない。

ありがとう、身体強化。



「実戦稽古だ。お前には、こっちの方がいいらしい」



「いやぁ、そんな自虐趣味、私にはないんですが」



「痛いのが嫌なら、強化切らすんじゃねぇぞ」



大魔王様の微笑み。

ハンモックから飛び退いたところで、目の前を先輩の拳が通過する。

風切り音が、威力の高さを想像させた。



「逃げんなクソ!」



「いやいやいやいや!」



2撃3撃とギリギリで躱し、笑いながら拳を振るってくる先輩を見続ける。

地面が抉れ、逃げ遅れた髪が数本犠牲になる。

背を向けるな、目を閉じるな。

気を抜けばやられる。

どうしても避けられないものは、腕で防ぐ。

嫌な音を立てるそこを、気づかないふりをした。

ペンダントに触れ、剣を召喚する。

同じく召喚された先輩の刀とぶつかり、火花が散った。



「へぇ、やるじゃん」



「そらどーも」



「今までで一番手応えがあるぜ」



「奇遇ですね、私もですよ」



「だが」



刀がどう動いたか、よくわからなかった。

気付けば剣は宙を舞い、離れたところに刺さる。



「剣技はまだまだ。どころか、実戦で使いモンにならねえな」



私の首筋に刀があてられる。

実戦ならここで一度、命を落とすところだ。

恐怖に震える表情筋を無理やり動かして、ヘラっと笑う。



「ははっ………。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくおねがいします。先輩」



私が先輩に追われている間、ケモ耳美少年ヨモギ君は、へし折られた木付近のハンモックで幸せそうに寝ていた。


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