背伸びしても届かない


「……本当に、凄いんですね。桐谷さんが働いている姿なんて、ここに来て知ったから。子供の頃からを知っている身としては、勝手に誇らしい気持ちになってしまいます」

隣に座る河本さんの目が、桐谷さんに向けられている。

私は、何も知らないふりをしてこの席にいて、河本さんの意味深にしか聞こえない言葉に当たり障りなく返さなければならない。

初めての恋愛にしては、いくらなんでも難易度が高すぎるだろう。

この空間に、恋人と自分と元カノ。この三角関係を把握しているのは私のみ――。

この席はあまりに荷が重すぎる。恋愛初心者の私が、器用に対応できるわけがない。

桐谷さんは、河本さんとのことを私には何も言わなかった。あえて打ち明けようとも思わないだろう。桐谷さんは、私が二人の過去を知っていることを知らないのだから。

二人が過去に付き合っていたことを知っていると、桐谷さんに言ってしまおうか――。

いや、その判断は早急だ。桐谷さんにそんなことを話したら、桐谷さんの負担を増やすだけだ。こうして現在の恋人と元恋人が並んで座っている状況に、桐谷さんはどうしたって私に気を遣わなければならなくなる。

そんなの、私がイヤだ。

誰か、指南書をくれ!

これまで読んで来た漫画や小説、クリアして来たゲームに何か似たような状況のものはなかったっけ――。

この前まではまっていた漫画、入谷恭一と小池美奈のオフィスラブ。主人公二人を私と桐谷さんに置き換えて読んでいた。
あれは――だめだ。

小池美奈が社内の他の男から言い寄られて、入谷恭一が嫉妬に狂うんだった。
全然参考にならない。

こんなの、妙案なんてあるわけない。

もういい――!

不安や醜い嫉妬心を感じるくらいなら、私がこれからいい女になればいい。伸びしろだけは、そこらの女よりはるかにある。それだけは自信がある。河本さんの存在なんて霞むくらい、桐谷さんを私に溺れさせてしまえばいいのだ。

かなり強引、かつ、無理のある結論を導き出す。

もう一度桐谷さんの姿を見つめる。そして、思う。

どうやって――?

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