恋の仕方、忘れました

「え、と、主任。出張っていうのは……」

「え?なに?」

「……何でもないです」



いや、ここで根掘り葉掘り聞くのは間違ってる。

だってこれは仕事だもん。不安な顔を見せてはダメだ。



「じゃ、俺は戻るから」



そう言う彼の背中を眺めながら、内心キスがしたくて堪らなかった。

けれど、さっき自分から拒絶したのに、そんなこと言えるわけがない。

でもしたい。少しでいいから甘えたい。安心したい。

……そんなこと言えない。



「まぁ日帰りだけど」



ひとり落ち込んでいると、主任が小さく零した言葉が鼓膜を揺らした。


な、なんだ。日帰りか。良かった。安心した。

ていうか、いま絶対いじわるした。

ヤキモチ妬く私を見て絶対楽しんでた。


その大きな背中をむっと睨みつけながら、私も給湯室を出ようとした、その時。



「成海どこ行ったー?」



オフィスの方から私を呼ぶ声が聞こえた。あれは課長の声だ。
課長が私をさがしてる。もしかしたら急ぎの用かもしれない。



「主任、すみません。私先に───…」



慌てて給湯室を出ようと、駆け足で主任の横を通り過ぎようとした、その時。


突然腕手首をくんっと後ろに引っ張られ、それと同時にほっぺに柔らかい何かが触れた。



「クソハゲに何かされたらすぐ言えよ」



主任は私の頬にキスをしたかと思えば、耳元でそう囁くと、先に給湯室から出ていってしまった。



目をぱちぱちとさせて、その場で唖然とすること数十秒。

はっと我に返った私は、結局そのあと数分間その場で悶えることになり、課長の呼びかけを無視してしまった。


今日の主任はやっぱりちょっと違った。
でも、幸せだ。






ちょっとだけ甘い、昼間の秘め事。







fin.




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