紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 高速道路から一般道に降りる。
 国道なのに道幅は狭く、相変わらず対向車はほとんど来ない。
 沿道に瓦屋根の立派な農家がならぶ里山の風景が続くばかりで、コンビニすら見かけないし、小さなガソリンスタンドはロープが張られて定休日なのか廃業したのかも分からない。
 信号機のある交差点に真宮薔薇園の案内看板が出ていた。
 でも、文字は色あせ、全体的に赤茶色の錆びが流れている。
 矢印の示す方向に左折しながら玲哉さんがつぶやいた。
「廃墟に招かれてるみたいだな」
 辛辣な指摘だけど、同意するしかない。
「これじゃあ、せっかく来た人も帰りたくなりますよね」
「それもそうなんだが、もう一つ気づいたか?」
「なんですか? 何かありましたか」
「逆だ。ないんだ」
 何がないんだろう。
「さっき高速道路を降りただろう。そこに看板がなかった」
 ああ、そういえばそうだ。
 今の左折看板が初めての案内だった。
「あの高速道路は平成の終わり頃に延伸開通したんだ。その時に新しく看板を立てなかったってことだ。高速道路が来るまでは、もっと手前から一般道を利用していたから、その国道沿いにしか看板がないわけだ」
「ああ、しかも、古いままなんですね」
「君だって、数年前には来ていたんだから、気づいていなかったのか?」
 ごめんなさい。
 運転手さんにお任せしてて、後ろの座席でずっと寝てました。
「まったく」と、あきれたような声で玲哉さんがつぶやく。「眠り姫を起こしに来る王子様はいなかったんだな」
 あれ、なんで考えてたことが漏れてるんだろう。
「さっきも寝てただろ」
「頑張って起きてました。ずっと問題の答えを考えてたんですよ」
 できの悪い生徒の言い訳にしか聞こえない。
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