金曜日の角砂糖は溺れかけ
ごはん会、始めます

○県立N高等学校の裏庭(昼休み)

春の暖かな陽気。可愛らしい小鳥達が裏庭に植えられた木の枝に止まって鳴いている中、木のそばに設置されているベンチに座り、ひとりでお昼ごはんのコンビニおにぎりを食べずに、眼鏡の奥の諦めた瞳でそれを眺めている佐藤 六花(さとう りつか)。ふんわりと吹く風に六花の黒い三つ編みが揺れる。

六花「……食べ飽きたなぁ」

おにぎりの封を開けずに、それを膝の上に乗せていた黄色いエコバッグに片付けて、ため息を吐く六花。

(たいら)「……何に?」

突然背後から聞こえた声にびっくりして、勢いよく振り返る六花。自分が座っていたベンチの後ろのベンチに、いつの間にかクラスメイトの黒崎 平(くろさき たいら)が座っていた。

平「あんた、同じクラスの佐藤さんだよね?確か、佐藤 六花。」
六花「はい。佐藤 六花です。あなたは黒崎 平くん、ですよね?」

キリリと返事をする六花。無意識に黒縁眼鏡のズレを直す。

平「なんで敬語なわけ?まぁ、いいけどさ。……で、食べ飽きたって、何に?」

平の明るい茶髪がサラサラと風になびくから、左耳にある二つのピアスが六花の目に入る。

六花(……キレイ)

ピアスが輝いて、一瞬うっとりしてしまう六花。

六花(校則違反だけど)

自分の心の中に現れたときめきを、咳払いして追い出す。

平「何?オレ、今シカトされてる?」

平が呆れたような表情になって、六花は我に返る。

六花「すみません、食べ飽きたって話ですよね?コレです」

エコバッグからおにぎりを取り出して、平に見せる六花。

平「そんなに食べてんの?コレ」
六花「……はい。適当に種類を選んで食べているんですが、もはや、おにぎりに飽きました」
平「ふぅーん?」

平はひざに置いていたお弁当箱を開ける。

平「なんか食べたいのある?」
六花「えっ!?いや、大丈夫です。どうぞ私に構わずに……」

首を振って遠慮したものの、差し出されたお弁当を見て六花のお腹の虫が鳴く。

六花「……」
平「……」

恥ずかしそうにお腹をおさえる六花。平はお弁当箱の蓋にからあげ二つと、プチトマトを置く。

平「なんかアレルギーとかある?嫌いな食べ物とかさ」
六花「いえ、なんでも食べられます。あ、でも、貝は少し苦手です」
平「貝?あさりとか、しじみとか?」
六花「はい。味と匂いが苦手なんです」

平は話しながら、お弁当箱の蓋に卵焼き一つも追加して置く。そして、それを六花に差し出す。

六花「そんな……、申し訳なさすぎて食べられません」
平「は?何言ってんの、いいから食えよ」

平は持っていた箸で卵焼きを掴み、六花の口元に持っていく。

平「口開けて」

六花(えっ!?)

平「ほら、早く」

おずおずと口を開ける六花。口調のわりに意外にも優しい動作で六花の口に卵焼きを入れる平。

六花「……」

もぐもぐと咀嚼(そしゃく)する六花の目が、どんどん大きくなり、輝いていく。ごくん、と飲み込む六花。

六花「美味しい……!」
平「あっそー、良かったな」

ぶっきらぼうに答える平。でもほのかに嬉しそうな表情をしている。

六花「えっ、あの、食べてもいいんですか?このからあげも?プチトマトも?」
平「いいよ。食べなよ」

より一層、輝いた六花の表情がふいに曇る。

平「どうしたんだよ?」

六花は首を振って立ち上がり、平に一礼する。

六花「卵焼き、ありがとうございました。私、もう行かないといけないので、これで失礼します」
平「えっ……?」

何か言いたそうな平を裏庭に残して、六花は足早に立ち去る。



○一年三組の教室(放課後)

机に突っ伏している六花の肩を、前の席に座る友人の樫田 朋花(かしだ ともか)こと、かっしーが振り返って軽く叩く。

かっしー「六花ちゃん、私もう、帰るけど」

顔を上げた六花。

六花「……あ、わかりました。かっしー、気をつけて帰ってくださいね」
かっしー「大丈夫?なんか昼休みから元気ないけど。私、一緒に居られなかったから?」
六花「……いや、何もないです、何も。かっしー、昼休みは委員会の集まりだったんでしょう?お疲れ様でした」

六花は笑顔を作って、かっしーに軽くお辞儀する。

かっしー「……うん、ありがとう。ごめんね、ピアノ教室に遅れるからもう行くね」

慌てて席を立ったかっしーに手を振る六花。かっしーが教室から出て行って、六花は通学鞄からスマートフォンを取り出し、画面を眺める。

六花「連絡は……来るわけない、か」

曇った表情をしてスマートフォンをしまい、鞄を持って教室から出て行く。



○高校から近い公園(放課後、夕方)

空が少し赤くなってきた頃、ブランコに腰掛けてため息を吐く六花。公園の中にはバレーボールでひとりで遊んでいる小学生男子と、犬の散歩をしているおばさんしかいない。ぼーっと男子を見ている六花。

六花「……お腹空いたなぁ」

思ったより独り言が大きかったのか、小学生男子が六花のほうを向く。

男子「お姉さん、大丈夫?」
六花「あ、邪魔してごめんなさい」

男子はバレーボールを抱えて六花の隣のブランコに腰掛ける。

男子「オレもお腹空いたなぁ。今日、晩御飯何だろう?」
六花「お母さんのご飯、楽しみですね」

男子は首を振る。

男子「オレんち、母さんいないんだ」
六花「えっ、あ、ごめんなさい……!」
男子「いいよー、全然」

男子はニッコリ笑う。

六花「あの……、私もなんです」
男子「ん?」
六花「私の家も、お母さんがいません」

男子は少しだけ驚いた目をして、でも頷く。

男子「仲間だね」
六花「はい」

ふたりで頷き、少し笑顔になる。

六花「バレーボール……、お好きなんですか?」
男子「うん。上手くなりたいんだけどさー、全然ダメなんだー。難しくって」
六花「さっき、オーバーハンドパスを練習してましたよね?」

男子は目を見開く。

男子「えっ、お姉さん、バレーに詳しいの?」
六花「いえ。体育で習いました。それくらいの知識しかありません」
男子「そっか……」
六花「でも、あなたを見て気づいたことがあるんです」

ブランコから立ち上がり、六花は男子の持つバレーボールをそっと手に取る。

六花「あなたはオーバーハンドパスの形がガタガタなんです」
男子「形?」

六花はボールを地面に置いて、両手を胸の前に持ってくる。

六花「オーバーハンドパスでは、こうやって両手の親指と人差し指で三角形を作るんです」
男子「え、そうなの?」
六花「おでこの前でその三角形を作った両手をかまえます」

レクチャーしてみせる六花。男子も真似している。

六花「ボールがやって来たら、そっと両手の指でボールを迎えます。そして三角形の中に親指を押し出すようにして、ボールを離す」
男子「へぇ!」
六花「一瞬の動作ですが、こうするとキレイにボールをパス出来ます」
男子「知らなかった!」

目を輝かせる男子。

六花「練習してみますか?」

何度も頷く男子。ふたりで少し離れた位置に立ち、オーバーハンドパスの練習をする。

男子「すごーい!本当だ、パスが出来るよ!」
六花「お上手です」

ボールを手に取り、男子がニコニコして六花に近寄る。

男子「オレ、黒崎 素直(くろさき すなお)!小学校四年生!お姉さんはオレの師匠だね!!ありがとう!!」

六花(……ん?黒崎?)

六花「いえいえ、あの、体育で教えてもらったことを伝えただけですので。素直くん、私の名前は佐藤 六花です。高校一年生です」
素直「ね、時間ある!?オレん家に来て!!お礼する!!」

素直は六花の手を引っ張って、歩き出す。

六花「あの、お礼なんていいですから!」
素直「いいから、来て!」



○黒崎家、玄関先

まだ新しそうな二階建ての一軒家。門扉(もんぴ)があり、玄関ドアまでのスペースには小さな花壇もある。

素直「たっだいまーー!」

玄関ドアを開けながら、家の奥に声をかける素直。廊下の向こうから、おいしそうな匂いが鼻先をくすぐる。

六花(いい匂い……。ハンバーグかな?)

素直「兄ちゃーん!」

六花(兄ちゃん?)

家の奥から誰かが近づいてくる足音がする。

六花「……あっ」

足音の主の顔が見えて、六花は固まる。

六花「……黒崎、黒崎 平くんのお家だったんですか!」

黒いデニムに白いTシャツ、青いパーカーという私服姿の平が、玄関に立っている。

平「え?なんであんたがここにいんの?」
六花「……『あんた』ではありません。佐藤です。佐藤 六花」

ふたりのやりとりを聞いていた素直が目を丸くする。

素直「え?ふたりとも知り合いなの!?」
平「……クラスメイト。なおは?なんで一緒に帰って来てんの?」
六花「なお?」
素直「素直の『なお』だよ。……師匠に公園でバレーボールを教えてもらったんだ!兄ちゃん、オレね、オーバーハンドパスが出来たんだよ!」
平「良かったじゃん。……え、師匠?」

平が目を丸くして、六花を見る。

六花「あの、私がおせっかいしただけです。師匠なんて、大袈裟です」
素直「いや、マジで師匠なんだから。それでさ、兄ちゃんに頼みがあるんだ」
平「何?」
素直「師匠さ、お腹空いてるんだって。兄ちゃんのごはん、食べさせてあげたいんだけど」
六花「えっ、いえ、そんなの悪いですから。……え、『兄ちゃんのごはん』?」

平は頷く。

平「わかった。弟が世話になった訳だし、とりあえず上がって」

六花(え?)

平「あんた、貝が嫌いだってだけで、野菜は食べられるよな?」
六花「あ、はい……、野菜は好きです」
平「よし。じゃあ、洗面所に行って来い。まずは手洗い、うがい!素直、お前もな。案内しな」

靴を脱いで家にあがる素直。

素直「兄ちゃんのごはんは超うまいんだよ!!」
六花「さっきから気になっていたんですが、あなた、お料理が出来るんですか!?」
平「なんだよ、別にいいだろ」
六花「じゃあ、あの美味しい卵焼きも!?」

頷く平。ニコニコしている素直が六花の手を引いて、洗面所に連れて行く。



○黒崎家のリビングルーム

掃除の行き届いた、観葉植物が印象的なリビングルーム。オフホワイトのソファーの前に、優しいブルーの大きなラグ。木製のローテーブルが置いてある。ローテーブルの上には湯気がたちのぼる夕食が並んでいる。

平「好きな所に座って」
六花「あ、は、はい」

ローテーブルの前、素直がラグに直接座ったので、素直の隣にちょこんと座る六花。

平「……?食べなって」

遠慮がちに両手を合わせる六花。

六花「いただきます……」
素直「いっただっきまーす!!」

テーブルの上の夕食は、ピーマンの肉詰め、その付け合わせに千切りキャベツとブロッコリーを塩茹でしたもの。それからポテトサラダ。人参と玉ねぎが入ったスープ。そしてほかほかの白米だった。

六花(美味しそう……!)

六花が最初に口にしたのは人参と玉ねぎのスープ。コンソメ味で、人参も玉ねぎも口の中でほろほろと溶けるように柔らかい。

六花「……美味しい!」

目を輝かせる六花。

素直「師匠、これも美味しいんだよ!」

ピーマン肉詰めを口いっぱいに頬張る素直。

平「なお、ゆっくり食べな」
素直「うん」

むしゃむしゃと咀嚼する素直を、心配そうに、でも優しい眼差しで見る平。そんなふたりを見て、ふいに寂しさに襲われる六花。箸を置いてしまう。

平「どうした?」

気づいた平に、曖昧に微笑む六花。

素直「師匠?なんか、元気ない?」
六花「いえ、大丈夫です。……あの、ごめんなさい」

そう言いつつ、涙目になってしまう六花。

平「……」
素直「……」

平と素直は顔を見合わせる。

六花「あ、雰囲気を悪くしてしまってごめんなさい。あの、私……、帰ります」
素直「なんで!?大丈夫だよ、師匠!ごはん食べて行きなよ!」
六花「……思い出しちゃうから」

俯いてしまう六花。

平「何を?」

平も箸を置いて、六花をじっと見る。素直もそれにならって箸を置く。

六花「美味しいごはんも、おふたりのことも、見ていたら思い出してしまうんです。……その、家族ってこういうものだったなぁって」
平「……」
六花「両親が離婚し、母が出て行って、父も恋人の家に行ってしまって、私、いつもひとりなんです。もう慣れたと思っていました。でも……」

六花の目から涙が溢れる。

六花「こんなに温かい手料理を久しぶりに食べたら、家族のことを思い出して、寂しさに溺れそうになったんです」

乱暴に拳でグイグイと涙を拭く六花に、ティッシュケースを差し出す平。

平「あんた、いつもごはんはどうしてんの?」
六花「え?父がお金を置いていってくれているので、何かを買って食べています」
平「それで食べ飽きたってため息吐いてたんだな」
六花「……はい」

ティッシュペーパーを引き出して、涙を拭く六花。素直の目もウルウルしている。

平「なんで、なおまで泣いてんの」
素直「わ、わかんない。でも、オレも寂しい気持ちは少しわかるから」

平が素直のほうへ手を伸ばし、頭を撫でる。もう片方の手で六花の頭も撫でた。

六花(……っ)

心の寂しさの波が、少しだけ穏やかになった気がする六花。

平「うちも母親がいないから、あんたの寂しさは少しわかる気がする」
六花「……」
平「だからさ、あんたさえ良ければ、これからもうちでごはん食べろよ」

平の言葉に一瞬、間を置いてしまう六花。

六花「……えっ?」
平「『えっ』じゃねーよ、食べ飽きたとか言ってため息吐くくらいなら、うちに来いっつってんの」
素直「兄ちゃん……!」

素直の目が輝く。

素直「それ、すっっごいナイスアイデア!!」

六花(えっ、ちょっと待って!?)

六花「あの、そんなことは出来ません!お世話になるつもりはありません!」
平「なんだよ、頭かたいな」
六花「はい!?」

ちょっと雰囲気が悪くなったのを敏感に感じ取る素直が、少しハラハラしている。

平「頭の中、四角いなって言ったの!もっと物事を丸く考えてみろって」
六花「意味がわかりません!きちんとした日本語を話してください!」
平「あー!もうっ!なお!」

突然呼ばれて背筋を伸ばす素直。

素直「はいっ!?」
平「今日は何曜日!?」
素直「金曜日!!」
六花「何の話ですかっ!」
平「あんた、これから金曜日の放課後はここに帰って来い!」

六花は目を見開く。

平「決めた!これから金曜日はここでごはん会を始める!」
六花「なっ!?」
素直「ごはん会!?」

平「あんたはオレが作ったごはん、週一でいいから食べな!」
六花「私は佐藤です!『あんた』じゃないです!」
平「本当に四角いな!あんた、角砂糖かよ!」
六花「は!?」
素直「佐藤なだけに!?」

なぜかドヤ顔をする素直。

六花「いやいや、素直くんも上手いこと言ったみたいな顔をしないでください!面白くないから!」
平「よしっ、角砂糖!細かいことは追々決めるから、まずは食べろ!」
六花「えっ!?」
平「ごはんが冷める!」
六花「あ、はいっ。それは……避けたい、です!」

箸を持つ六花。平も素直も食事を再開する。

素直「美味しい〜っ」

ニコニコする素直に、大きく頷く六花。
ピーマン肉詰めは柔らかい肉と、ピーマンのほんのりしゃきっとした食感が絶妙で、ほっぺたが落ちそうになるくらいに美味しい。ポテトサラダはりんご入りだった。

六花(りんごのさわやかな甘さが、美味しいっ)

ふわふわのポテトとシャキッとしたりんごの食感の違いが味わえる。

素直「んー、美味しかった!!」
平「ん」

素直が両手を合わせる。

素直「ごちそうさま!」

チラッと六花を見た平。

平「ゆっくり食べろよ、角砂糖。焦んなくていいから」
六花「……っ、は、はい」

六花(黒崎くんって、不思議……)

ほかほかの白米を咀嚼しながら、六花は平をチラッと見る。

六花(口調はきついんだけど、なんか……)
(お母さんみたい)

素直「ん?師匠、なんか笑ってない?」
六花「え、いえ!そんなことは!」



○最寄り駅までの道(夜、星空になっている)

平と並んで歩く六花。

六花「すみません、送っていただいて」
平「別に。遅くさせたのはこっちだし」

ぶっきらぼうに答える平。

六花(本当無愛想だけど……、でも)
(優しいんだな、黒崎くん)

平「あんた、また来いよ。来週、金曜日に待ってるからな」
六花「え、いえ、だからあの、お世話になるわけにはいきません!それに私は『あんた』じゃありません!」
平「はいはい、角砂糖ね」
六花「それも違います!」

平が笑顔になる。その笑顔が優しくて、ドキッとする六花。

六花(えっ、何!?今の……)



○駅

平「じゃあな、気をつけて帰れよ」
六花「あ、はい。ありがとうございました。それに、ごちそうさまでした」
平「うん」
六花「美味しかったです」
平「うん、またな」

改札を抜けて、振り返る六花。平がまだ改札前に立ってくれている。

平「前、見て歩けよ」

ちょっと照れたように注意する平に、六花の胸はときめく。

六花(……変なの。さっきから胸の奥がくすぐったい)



○電車の中

流れる景色を見ている六花。

六花(美味しかったなぁ、黒崎くんのごはん)
(こんなにお腹も心も満たされるなんて、久しぶり)

平の言葉を思い出す六花。

『あんた、また来いよ。来週、金曜日に待ってるからな』

六花(……ダメだよ。私、もう来週の金曜日が楽しみになってるじゃん)
(でも、また食べたい……。黒崎くんのごはん)

窓に映る自分の頬が薄く赤い気がして、両手で顔を隠した六花。そんな六花を乗せて、電車は夜を走って行く。

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