金曜日の角砂糖は溺れかけ
ケンカ

○体育館裏(朝のホームルームの時間)

人気(ひとけ)のない体育館裏は、晴れている今日も少し薄暗い。六花の肩を離す坂巻。走って来たために、ふたりともぜぇぜぇと息を切らしている。

六花「あの!ホームルームが、始まっていますが!」
坂巻「え?あ、うん!知ってる!オレと一緒にサボって!!」
六花「はい!?なぜあなたとサボらなくてはいけないんですか!私、サボったりしたことがないのですが!!」
坂巻「まぁ、まぁ。りっちゃん、落ち着いて。どーどー」

またイラっとする六花。

六花「教室に向かいます。さようなら!!」

(きびす)を返す六花。坂巻は慌てて、六花の腕を掴む。

坂巻「平のことで、相談があるんだ!」
六花「えっ?」
坂巻「お願い、オレの話聞いてよ」

六花は坂巻の話を聞くために、坂巻に向き直る。

六花「手短にお願いします、授業には出たいので」

坂巻はニッコリ笑って、大きく頷く。

坂巻「平に野球させて!!」

べこっと勢いよく頭を下げて言う坂巻。

六花「……あの、手短にとはお願いしましたが、少し説明も欲しいです。意味不明なので」
坂巻「えー、もう、欲張りね、りっちゃん」
六花「は?」

教室へ行こうとする六花。慌てて止める坂巻。

坂巻「わー、ごめん、ごめんって!オレだって女子相手にちょっとふざけてみたいんだよぅ、そういう男の心をわかってよぅ」
六花「ふざけるなら、他の人とどうぞ」
坂巻「でも、でもさ、平のことはりっちゃんにお願いしたいんだよ」
六花「?」

坂巻がコホンっと咳払いをする。

坂巻「平が野球してたって知ってる?」
六花「知ってるほどではありません」
坂巻「超うまいんだぜ、あいつ。ピッチャーだったんだ」

遠い目をする坂巻。

坂巻「でも、オレのせいなんだ。オレがあいつから野球を奪ったから……」
六花「どういうことですか?」
坂巻「それが……」



○回想 平と坂巻の中学時代、中学校のグラウンド

野球部の部員がグラウンドで整列している。前に立っているのは顧問の先生。表情は厳しい。

顧問の先生「……昨日の放課後、この部員の中に、他校の生徒とケンカした者がいる。自分の胸に手を当ててみろ、心当たりがある奴がいるだろう」
平「先生、本当なんですか?野球部員だって噂は流れていますけれど、それが間違いってこともありますよね?」
顧問の先生「主将のお前がみんなを信じたい気持ちはわかるけれどな、黒崎。先生はケンカをした者に、きちんと反省して欲しいんだ」

顧問の先生の言葉に、部員達は眉間にシワを寄せる。

部員A「それって、先生はオレ達のことを信じていないってことですかっ」
部員B「先輩達が引退して、初めての試合前のこんな大事な時期に、そんなことする奴いませんっ」

顧問の先生「他校の生徒とケンカした者がいるのは、事実だ。先生はそれが誰だか知っている。ここで名乗る勇気を持って、みんなに謝罪したほうがいいぞ。どっちみち、野球部は試合には出られない。部活動も一時停止になる」

先生が坂巻を見る。その視線を追って、みんなも坂巻を見る。

坂巻「……っ!」
部員A「坂巻?お前、まさか違うよな?」
部員B「違うって言えよ、坂巻っ」

ざわつく部員達。坂巻は俯く。

顧問の先生「坂巻、何か言うことがないのか?」
坂巻「……違う」
顧問の先生「何だ?」

坂巻が顔を上げる。

坂巻「違うっ、最初に殴ってきたのは向こうだからっ!!オレは、オレは悪くないっ」
部員達「!!」
顧問の先生「……坂巻、お前が最初に殴ったとか殴ってないの話じゃない。ケンカしたんだっ!お前は!他校の生徒と!」

坂巻の目が揺れる。

顧問の先生「考えなかったのか?こんな事態になるって。少しも頭の中によぎらなかったのか?部員みんなに迷惑がかかるって!」
坂巻「でも、あいつ!あいつがっ!!」
顧問の先生「坂巻、お前の勝手な行動で!たくさんの人が悲しむんだ!!……殴ってきた?その時点で先生や周りの大人に知らせるべきだったんだ!!そもそも、どうして殴られるようなことになったんだ!?」
坂巻「……っ」

坂巻の目には涙が溜まる。

顧問の先生「周りの人に知らせなかったのは、お前だ。殴り返したのはお前だ、坂巻。ケンカなんかするべきじゃなかった」
平「……」
部員達「……」
顧問の先生「前に出ろ、坂巻。みんなに謝罪しろ」

坂巻は動かない。

平「先生っ」
顧問の先生「……坂巻ぃっ!!前へ出ろぉっ」
坂巻「……っ」
平「先生っ、坂巻を追い詰めないでください!」
顧問の先生「何!?」

平が一歩前へ出る。

平「ケンカした坂巻は、確かに悪いです。先生は間違ったことは言ってないけれど、坂巻を追い詰め過ぎています」
部員A「お前、こんな奴のことを庇うのかよ!平っ!」
部員B「試合に出られないどころか、部停だぞ!!」
平「わかってるけど、こんな吊し上げみたいなことしても解決しないって!」
部員達「……」

部員達は不満そうな表情。顧問の先生は腕を組んで、眉根を深く寄せる。

顧問の先生「……坂巻がケンカした時、お前はどこにいたんだ?黒崎」
平「えっ?」
坂巻「先生っ、平はあの場にはいませんでしたっ!オレひとりですっ!」
顧問の先生「先生は黒崎に聞いてるんだっ」
平「……オレは、総合病院にいました。母のお見舞いに……」
顧問の先生「坂巻がケンカっ早いことはみんな知ってるな?もちろんお前も知ってるよな?主将だもんな?」
平「はい」
顧問の先生「……どうして日頃からもっと、注意して見ていなかったんだ?先輩から託された主将という立場の重みをわかっているのか?お前がそばにいたら、こんなこと……!」
部員達「……」



○回想終わり 体育館裏

ため息を吐く坂巻。

坂巻「だいたいこんな流れでさ、その日の内にオレは野球部を辞めたんだけど」
六花「……」
坂巻「平も辞めたんだ、オレが辞めてすぐに」
六花「なぜですか?平くんが辞める必要がどこにあるんですか?」
坂巻「顧問の先生にさ、不信感っていうの?そういうの感じてさ、嫌になったんだって。……あの先生、オレのせいで出られなかった試合に賭けてたらしい」
六花「賭け?」
坂巻「……よく知らない。チームが勝ったら、なんか得になることがあるんじゃない?顧問の先生って。指導力が認められるとかさ」

坂巻は俯く。

坂巻「平があの一件で部活辞めてすぐにさ、母親が亡くなったらしくて」
六花「……!」
坂巻「まぁ、荒れたよね。それまではどっちかっていうと真面目な、優等生的な奴だったのにさ。いわゆる不良になっちゃって」
六花「不良……」
坂巻「オレも一緒になって、色々悪いことした。ケンカとか……、まぁ、詳しくは言わないけど」
六花「……」

坂巻はバツが悪そうに、軽く頭を掻く。

坂巻「でも平は、本当は野球に未練があると思うんだ。あいつ、そういうの言わないけどさ。だってすっげー野球が大好きだったんだもん」
六花「そうなんですか」
坂巻「本当はオレが連れ戻したい。それが筋だとも思う。でもさ、りっちゃん。平はオレの言うことなんか、きっと聞いてくれない」
六花「そうは思わないですけれど……」
坂巻「ううん、残念だけどそうなんだよ。だってオレ、あいつや野球部のみんなのこと、裏切ったんだもん」
六花「……」

校内に音楽が流れる。一時間目の授業が終わるチャイム。

坂巻「……結局、授業サボってくれたね」
六花「あなたのためじゃないです」
坂巻「平のためだよね」
六花「……」
坂巻「あいつ、良い奴なんだよ」
六花「知っています」

坂巻は楽しそうに笑う。

坂巻「あんなやわらかい表情の平、久しぶりに見た。懐かしかったなぁ。りっちゃんには見せるんだな、本当の平の顔」
六花「私に出来ますか?平くんを野球の世界に戻すお手伝い」

坂巻は大きく頷く。

坂巻「りっちゃんじゃないと!平のこと、よろしくお願いしますっ」



○一年三組の教室(二時間目の授業前)

授業が始まる前に、教室にギリギリ入ることが出来た六花。かっしーが素早く振り向く。

かっしー「六花ちゃん、今登校?珍しいね、遅刻なんて」
六花「あ、えっと、おはようございます」

六花(サボってた、なんて言えない……)

引きつった笑いを浮かべる六花。教室に先生が入ってくる。入れ違いに、平が教室から出て行く。

先生「あ、ちょっと!黒崎くん!」
男子生徒A「先生ー、授業を始めてくださーい」
男子生徒B「時間が勿体無いです」

先生は戸惑いつつ、教科書を開けて授業を始める。その時、制服のポケットに入れていた、六花のスマートフォンが振動する。

六花(何だろう?珍しいな、こんな時間に。誰かな?)

先生に見つからないように、画面を操作する六花。

平からのメッセージ《あいつと何してたの?》

六花(平くん!?)
(あいつ?……坂巻くんのこと?)

六花からのメッセージ《ただ話していただけです》
平からのメッセージ《授業をサボってまで?》

六花(ん?何か怒ってる?)

六花からのメッセージ《坂巻くんに頼まれ事をされていて、遅くなってしまったので、授業には出られませんでした》
平からのメッセージ《頼まれ事って、何?》

六花(これは言っていいのかなぁ?ダメ……だよね?)

六花からのメッセージ《秘密です》
平からのメッセージ《は?》

六花(あぁー、絶対に何か怒ってる……)



○校門を出てすぐの交差点(放課後)

平の後ろ姿を見つけて、かけ寄る六花。

六花「た、平くん!」

声を聞いて、振り返る平。まだ不機嫌な表情。

六花(う、怒ってる)
(もう、これは言うしかない)
(直球で勝負だっ!)

六花「平くん、あの、戻りませんかっ!!」
平「は?」
六花「戻りたいんじゃないですか?野球の世界に」
平「!」

平が六花をじっと見る。

平「……それ、坂巻から聞いた?」
六花「はい。頼まれ事は、これです。平くんのこと、頼まれました」
平「はぁっ!?」

六花(あ、ダメだった?直球、失敗?)

平「なんで話すんだよ、あいつ!ってか、なんで頼まれてんだよ、角砂糖!」
六花「平くんのことが心配そうでした」
平「心配?ふざけんな」
六花「あの、野球に未練があるんじゃないかって言っていて……」
平「そんなの、角砂糖に関係ない」
六花「えっ?」

平がそっぽを向く。

平「なんで坂巻の言うこと聞くんだよ」
六花「言うこと聞いているわけでは……」
平「聞いてるじゃん。一緒に授業までサボって!」
六花「なんでそんなに怒ってるんですか!プンプンしないでくださいっ」

交差点の信号が青になる。でも立ち止まったままのふたり。

平「怒るよっ!だって角砂糖は……!」

そこまで言って、ハッと我に返る平。

六花「何ですか?私が何!?」
平「なんでもないしっ」
六花「嘘です、絶対に何か言いかけました」
平「……いいからっ!もう、放っておいてくれよ!」

信号機がチカチカと点滅している。平は走って渡る。

六花(えっ?)

六花はそのまま、信号を渡ることが出来なかった。



○翌日、一年三組の教室(朝)

どんよりした六花が、机に突っ伏している。そこへかっしーが登校してくる。

かっしー「ん?何、また元気ない?」
六花「おはようございます、かっしー。私は今、この世の終わりにいます」
かっしー「はい?」
六花「平くんに……、言われてしまいました」

かっしー(『平くん』……)

六花「『関係ない』とか、『放っておいて』とか……」

かっしーは一瞬フレーズする。

かっしー「……え、それだけ?」
六花「え?」
かっしー「その二言を言われたってだけで、六花ちゃんはこの世の終わりにいるの?」

六花も少しの間、フリーズする。

六花「え、だって……。傷つきました」
かっしー「傷ついたんだ……?」
六花「え?」
かっしー「ふぅ〜ん……」

かっしーはニヤニヤしながら、自分の席にきちんと座り直し、教科書などを引き出しから出す。

六花(え?……あれ?)

六花は次第に頬が熱くなってくる。

六花(だって、関係ないって言われたら傷つくよね?)
(放っておけないから、そんなふうに突き放されても困るし)
(だって、私……)
(……え?)

六花は何かに思い至った様子で、勢いよく席を立つ。

六花(嘘っ!!)

どんどん顔が真っ赤になる六花。

六花(私……っ!!平くんのこと!?)



○金曜日、黒崎家の玄関前(放課後)

玄関のチャイムを鳴らすか、鳴らさないかで、指を出したり引っ込めたりする六花。ウロウロと門扉の前をさまよっている。

平「……角砂糖」
六花「ひゃっ!!」

背後から平の声が聞こえて、飛び上がる六花。

平「そんなウロウロしてたら、不審者みたいだから」

門扉を開け、そのまま玄関ドアまで移動する平を、戸惑いつつ見ている六花。

平「エビフライ……、食う?」
六花「!!」

六花の目がキラキラと輝く。

平「あはっ!角砂糖ってなんか、目が正直だよな」
六花「あ、あのっ!!」
平「何?」
六花「タ……、タルタルソースは付きますか!?」

六花の質問に平が大笑いする。

六花「え?いや、気になってしまって!」
平「あはははっ、いいよ、それも作るから」
六花「作れるんですかっ!!」
平「入りな、角砂糖。オレ、お腹空いてるんだよな。早めにごはんにしよう」

六花は大きく頷いて、平のあとを追う。



○黒崎家、キッチン

手際良くエビの殻を剥き、背ワタを取っていく平。六花もエプロンをして、包丁を持っている。

六花「らっきょうをみじん切りにするんですね?」
平「うん、そう。玉ねぎでもいいんだけど、オレん家はらっきょうで作るタルタルソースが多いんだ」
素直「兄ちゃん、ゆでたまご出来た!」

素直がゆでたまごしたたまごの殻を剥き終わり、平に見せている。

平「うん。じゃあ、今度はこれ使ってたまご切って」
六花「あ、それ、家でも見た事あります。刃の付いたレバーを押し当てて、たまごを切るやつですよね?」
平「そう。便利だよな、コレ」

話しつつも、平は全てのエビの下処理を終える。

平「素直と角砂糖のどっちか、エビに(ころも)付けるの手伝ってくれる?」
素直「あ!オレ!!手伝う!!たまごが出来たから!」
六花「あ、じゃあ、私はみじん切りに集中します」

しばらく黙って作業をする三人。あっという間にエビの衣付けが終わる。

平「角砂糖、らっきょう出来た?」
六花「えっと、はい!今、終わりました」
平「お疲れ。次はそのらっきょうと、さっき素直が切ったたまごをマヨネーズで()えて。角砂糖が入れたかったら、パセリ入れてもいいよ」
六花「パセリですか!」
素直「パセリ入ってるのと、入ってないのとで、ほんのり味が違うよ。オレはどっちも好きー」
六花「じゃあ、入れてみたいですっ」



○黒崎家、ダイニング

食卓にはプチトマトが添えられたエビフライ、レタスとシーチキンのサラダ、コーンスープが並ぶ。それぞれテーブルにつき、両手を合わせる。

素直「いっただっきまーすっ!」
六花と平「いただきます!」

それぞれの席に、小さなガラス皿に入ったタルタルソースが置いてある。六花はそれをエビフライに付けてひと口かじる。

六花「……っ!!」
素直「師匠の顔、美味しいって気持ちが渋滞してるね」
六花「〜〜〜っ」
平「またジタバタしてるし」

平と素直が顔を見合わせて、笑顔になる。

六花「あのっ!ご報告がありますっ」
素直「何?報告?」
六花「今日、この瞬間に、私の好きな食べ物にエビフライが昇格いたしました!」
平「あはっ!知らないしっ!!」

笑い声に包まれる食卓。



○最寄り駅までの道(夜)

平と並んで歩く六花。

平「角砂糖、あのさ」
六花「はい」

平が言いにくそうに俯く。

平「……この間は、ごめん。イラついて、イヤな言い方した。角砂糖は悪くなかったのに」
六花「いえ!私のほうこそ、すみません。頼まれたこととはいえ、私、直球で踏み込みすぎました」
平「野球の話、聞いたんだろ?」
六花「はい。顧問の先生に不信感を抱いて、部活を辞めたって」
平「うん」
六花「坂巻くん、言ってました。平くんは野球が大好きだから、きっと未練があるって。自分が奪ってしまった野球の世界に、また戻してあげたいんだって」
平「……」

俯いたままの平の顔を、のぞきこむ六花。

六花「平くん、野球が好きですか?」
平「……」

車がやって来る。平は六花の体を自分のほうへと寄せる。(抱きしめるほどではないけれど、それに近い体勢になる)

六花「わっ!」

六花の顔が赤くなる。車が通り過ぎた。

六花「あ、すみませんでした。車に気づいてなくて……」

平はまだ、六花を離さない。

六花「平くん?」

平の顔がほんの少し、六花の顔に近寄る。平も少し、赤い顔。

平「好きだよ」
六花「えっ?」

見つめ合うふたり。

平「……野球が好きなんだ」

六花(あ、野球……!)

平「でも、オレは」
六花「……?」
平「……っ」

平が六花をぎゅっと抱きしめる。

六花「た、平くん!?」
平「ごめん……」

泣きそうな声に聞こえて、六花は抱きしめられたまま、そっと平の頭を撫でる。

平「……」

平の腕の力がほんの少し強まる。六花は平の頭を優しく撫で続けていた。



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