金曜日の角砂糖は溺れかけ
こっちの世界

○黒崎家(晩ごはんのあと)

玄関のチャイムが鳴る。キッチンで食器を洗っていた平が、リビングに向かって声をかける。

平「なお、出られる?」
素直「うん!」

素直がインターホンの画面を確かめる。その後ろで黒崎家の父もインターホンの画面を見る。

素直「誰だろう?父さんの知り合い?」
黒崎家の父「いや、知らないなぁ。なおはいいよ。父さんが出るから」

黒崎家の父が応答する。

黒崎家の父「はい、どちら様ですか?」
六花の父「夜分すみません。私、佐藤 六花の父親です」
黒崎家の父「少々お待ちください」

○黒崎家の玄関前

黒崎家の父が門扉の所まで出て行く。

六花の父「あの、娘が……、六花が来ていますよね?」
黒崎家の父「え?いえ、佐藤さんは今日、来ていませんが」
六花の父「そんなはずない。お宅の息子さんと今日遊んだって、六花の友達から聞いたんです。どうせまた、家に上がり込んでるんじゃありませんか?すぐに連れて帰るので」
黒崎家の父「あの、佐藤さんに連絡は?」

黒崎家の父をにらむ父親。

六花の父「そんなの、とっくにしています!連絡がつかないから、あの子の友達にお宅の住所を聞いて、わざわざ迎えに来たんじゃありませんか!」

黒崎家の父に詰め寄る父親。黒崎家の父は落ち着いた態度で、父親に尋ねる。

黒崎家の父「いつからですか?」
六花の父「何?」
黒崎家の父「いつから佐藤さんと連絡がつかないんですか?」

黒崎家の父の様子から、六花がここにいないと感じた父親。真っ青な表情をする。

六花の父「……あの、すみません。他を探します……」
黒崎家の父「一緒に探します。佐藤さんの行きそうな場所ってどこですか?」
六花の父「……っ」

目を泳がせて、答えられない父親。

六花の父「あの、大丈夫です。私が探しますので」

足早にその場を離れる父親。黒崎家の父が「あのっ」と声をかけても、振り返らず去って行った。



○黒崎家、リビング

食器を洗い終わった平。タオルで手を拭きつつ、リビングに帰って来た黒崎家の父に声をかける。

平「誰だった?知り合い?」

黒崎家の父はその質問には答えず、平に向かって質問を返した。

黒崎家の父「今日、佐藤さんって家に来たか?」
平「えっ?」

素直が近寄って来る。

素直「来てないよ。オレ、公園で一緒に遊んだけどさ、そのままそこで別れたもん」
黒崎家の父「……なおが遊んだのか。なお、佐藤さんと何時に別れた?」
素直「え?えっとねー……」

素直が考えている横で、平の表情が曇る。

平「なんで?何かあった?」

黒崎家の父は頷く。

黒崎家の父「……家に帰っていないらしくて。佐藤さんのお父さんが今、ここに迎えに来たんだ。でも来てないって答えたら、真っ青な顔してた」
平「……連絡してみる」
黒崎家の父「うん。平、佐藤さんの行きそうな所に心当たりがあるか?」
平「いや、樫田さんといるのかもしれないけど、心当たりはない」

スマートフォンを持って、六花に電話をかける平。コール音がむなしく聞こえるだけで、応答はない。

平「……なお」
素直「何?」
平「公園で遊んだって言ってたけど、何か変わったこととかあった?」
素直「え?ううん。師匠とかっしーと遊んだけれど、特に変わったことはなかったよ」

平はスマートフォンを耳から外す。

平「オレ、探して来る」

バタバタとリビングから出て行く平。そんな平に背後から声をかける黒崎家の父。

黒崎家の父「何かわかったら連絡してくれ。父さんも探してみる」

心配で表情が暗くなる素直。

素直「師匠、大丈夫かな……。オレも探しに行くっ」
黒崎家の父「なおは家にいなさい」
素直「なんで!?オレも心配っ」
黒崎家の父「佐藤さんがもしこの家に来た時に、誰もいなかったら可哀想だろ?なおが家にいて、佐藤さんを迎えてあげるんだ。いいね?」
素直「……うん。わかった」



○黒崎家の最寄り駅

平がキョロキョロと辺りを見渡しながら、走ってやって来る。駅のロータリーに三つ編みの女の子がいる。

平「角砂糖!?」

女の子に呼びかける平。驚いて振り返った女の子は、全然知らない子だった。

女の子「え?」
平「……あ、ごめんなさい。人違いです」

平はその女の子から離れて、またキョロキョロする。でも六花の姿はない。スマートフォンを操作して、坂巻に電話する平。

坂巻『もしもし?』
平「坂巻、六花と一緒にいる!?」
坂巻『いや?オレは今、ひとりだけど』

平は足元から不安がかけのぼってくる感覚に襲われ、その場にしゃがみこむ。

坂巻『何?りっちゃん、どうかしたのかよ』
平「どうしよう、あいつ……、連絡がつかないんだ」
坂巻『は?』
平「羽奈のこともあるのに……」
坂巻『平……』
平「……羽奈?」

平が顔を上げる。

平「坂巻、羽奈っていつもどこにいる?」
坂巻『ちょっと待てよ、平。それ知ってどうすんの!?』
平「どうするも何も。オレは六花を見つけたいだけだよ」
坂巻『落ち着けって。羽奈がからんでるかどうか、わかんないじゃん』

平はふぅっと息を吐く。

平「うん。わかってる」
坂巻『……』
平「でも、六花に連絡が取れないことに羽奈が関係してたら」

平の声が低くなる。

平「オレ、あいつのこと許さない」



○街の路地裏にある空き地

街灯が無く、薄暗い。空き地には何故か段ボールが散乱している。六花は空き地のすみっこにいて、両脇には女子達が六花を見張るように立っている。六花の目の前には、羽奈が立っている。

羽奈「で?あんた、どうやって黒崎と付き合うことになったの?」
六花「……だから!付き合ってないんですって!」

さっきから繰り返される同じような質問にヘキエキしている六花。

女子1「……正直に言いなっ」
羽奈「そうだよ、あたしがわざわざあんたなんかの恋バナを聞いてあげるっつってんだから」
六花「……聞いてどうするんですか?」
羽奈「は?」

羽奈の眉間に深いシワが刻まれる。

六花「羽奈さん、平くんのことが好きなんですよね?」
羽奈「は?マジちげーし。マジ適当なこと言ってんなよ」
六花「諦められないんでしょう?」
羽奈「あんたに何がわかんの?」
六花「わかります、羽奈さんを見ていたら」

六花は黒縁眼鏡のズレを直す。

六花「平くんのことばっかりだから」
羽奈「知ったようなこと、言ってんじゃねーっ!」

羽奈が苛立って、六花の頬を平手で打つ。

六花「……っ!」

六花の眼鏡が飛ばされて、足元に転がる。

羽奈「何がわかんだよ、あたしの何を知ってるっていうの!?あんたなんか、のほほんと生きてるだけの、ダサい三つ編みなくせに!」
六花「……」
羽奈「黒崎に気に入られて、いい気になってんじゃねーよっ!なんであんたなの?なんで、あたしじゃないの?」
女子2「羽奈……」
羽奈「うるさいっ、黙れっ!」

名前を呼んだ女子2を睨みつける羽奈。

羽奈「あたしがっ、先に黒崎のことを見つけたのにっ!!先に好きになったのに!!」
六花「……関係ない」
羽奈「は!?」
六花「あなたがいつ好きになったとしても、平くんの気持ちが大事でしょう?」
羽奈「……自分が選ばれたからって、あんたなんかが上からもの言うの、やめてくれる!?」
六花「そんなことしてない。冷静になりませんか?」
羽奈「冷静?マジふざけんなっ」

羽奈がスマートフォンを取り出す。

羽奈「あんたが、黒崎の前からいなくなれば、黒崎はあたしのほうを見てくれるんだからっ!あんたさえ、いなかったら!!」
六花「……っ!」

羽奈が醜く笑う。

羽奈「黒崎の前に出られないようにしてあげる」

羽奈の発言に、女子達はうろたえる。

女子1「羽奈、それは……」
女子2「あたし達、そんなことは……」
羽奈「なんで?あたしのこと、手伝ってくれるって言ったじゃん。ちょっとこいつに恥ずかしい思いをさせるだけだよ」

女子3「……あんた」

女子3が六花に小声で話しかける。

女子3「逃げたほうがいいよ、羽奈は絶対にやる」
六花「……」
女子3「走って逃げな」
六花「あなた達は?」
女子3「あたし達は、羽奈を冷静にさせなきゃ」

羽奈は薄ら笑いを浮かべる。

羽奈「いいこと思いついた〜っ、あは!オトコ達を呼ぼうよっ!」
女子4「羽奈、ダメだって!」
羽奈「は?何、あんた。あたしに意見すんの?」
女子3「羽奈が考えていることを実行したら、あんた、マジで終わるよ、羽奈!」
羽奈「終わる?」

羽奈が女子3に近寄り、平手打ちをする。女子3の頬に羽奈のネイルが当たったのか、少しだけ切れて血がにじむ。

羽奈「黒崎を手に入れたいのっ!そのためなら、あたし、何だってやる!!」

羽奈が誰かに電話をしている。

羽奈「……そう、今から来てよ!いつもの空き地にいるからさー」

その隙に、女子2が六花に近づく。

女子2「マジ消えてっ!!」
六花「えっ!?」
女子2「このままだと、あんたヤバいよ!!」

六花の眼鏡を拾って、渡す女子2。

女子2「走ってそのまま、二度とその面見せんなっ!!」

六花の背中を押す女子2。押された衝動で、足が動く六花。空き地の出口を目指す。

羽奈「何やってんだよぉっ!!逃げてんじゃねーーぞっ!!」

電話を切った羽奈が気づき、六花を追いかけて、制服のシャツの背中部分を掴む。そんな羽奈を後ろから引きはがそうとする女子達。

女子1「羽奈!!落ち着いてっ!!」
女子4「もうそんな奴、かまわなくてもいいじゃん!!」
羽奈「嫌っ!!嫌だっ!!」
女子2「羽奈には、あたし達がいるじゃん!!もうそれでいいじゃん!!」
女子3「羽奈っ、今度警察沙汰になったら、あんたマジ終わるから!!」

羽奈が首を振って、泣きながら六花を押し倒す。うつぶせに倒れた六花は、背中に痛みを感じ、羽奈に殴られていることに気づく。

女子1「羽奈っ!!」

女子達は羽奈を羽交い締めにして、六花から離す。

羽奈「離してっ、離せよぉっ!!マジで殺すっ!!マジでっ!!」

六花を立たせ、背中に庇うように立つ女子4。

羽奈「黒崎はっ!あたしより、そいつなんかを選んだんだっ!!殺すっ!!あたしに恥かかせやがって!!」
女子1「恥なんかかいてないって!誰もそんなこと思ってないよ!!」
羽奈「いらないっ、思い通りにならない奴なんかっ、あたしの目の前から消してやるっ!!」

羽奈が暴れて、六花を涙でにじんだ目で鋭く睨む。

六花(……)

女子4「早く逃げて!羽奈がこうなったら、手がつけらんないっ」

六花に再度、逃げるように促す女子4。

六花「羽奈さんっ」

六花は羽奈をまっすぐ見る。そして、羽奈のほうへ歩き出す。女子達は、六花の行動にうろたえる。

六花「こんなことしても、何も変わらない。私に当たっても、平くんは振り向いてくれない」
羽奈「てめぇっ!!マジ殺すかんなっ!!」
六花「羽奈さんは、自分のことばっかり。手に入るとか、入らないとか!そんなことばっかり言っているからっ」
女子達「……」
六花「だから周りが見えていないんですっ!」
羽奈「はあっ!?」

六花は羽奈の目の前で、足を止める。

六花「あなたには、こんなに友達がいる。でも、そんなんじゃ、みんなが離れていく」
羽奈「黙れっ!黙れぇっ!!」

羽奈が暴れて女子達から離れ、六花に襲いかかり、体を押し倒す。六花はそれでも、まっすぐに羽奈を見ている。

六花「ひとりになる怖さを知っていますか!?その寂しさを、あなたは受け止められるんですか!?」
羽奈「死ねっ!!マジ死ねっ!!」

羽奈が六花に馬乗りになって、めちゃくちゃに拳を振る。

六花「っ!!」

六花は思わず両腕で顔を覆い隠す。

女子1「もう、もうやめてよっ!羽奈!」

女子1が羽奈の体にしがみつく。

羽奈「なんで、こいつなの!!なんで、なんでっ、なんでッ!?」

女子1が六花に覆い被さるように庇い、羽奈に背中を殴られている。その時、空き地の出入り口に複数の足音が近づく。

男子1「羽奈〜っ」

その声に羽奈の表情が晴れる。

羽奈「こっちー!早く来て!捕まえてる最中だからっ!」

四人のいかつい男子達が、ぞろぞろと空き地に入って来る。

六花(あ……、コレ、本当にヤバいやつ!)

真っ青になる六花。

羽奈「こいつなんだけどさー」

羽奈が六花の体から離れて、立ち上がる。

羽奈「ちょっとこらしめてやりたいんだわ」

六花を指差し、嬉しそうに笑う羽奈。女子1が六花を立たせてくれる。それを見て、六花の通学鞄を持ち主に投げる女子3。

羽奈「……痛い目に遭わすっつったよね?」

羽奈が六花に歪んだ微笑みを向ける。

六花(……怖いっ)

女子2が、六花の手をぎゅっと握る。

六花「!?」
女子2「走るよっ!!」

女子2は六花を引っ張り、走り出す。女子1、3、4も走って、ふたりの行く手を(はば)む男子達に、道を作るように体当たりする。

女子2「もっと早く走って!」

六花をぐんぐん引っ張って、女子2は走る。足がもつれそうになりながら、六花は必死でついて行く。

羽奈「ふざけんなぁっ!!」

羽奈が追いかけて来る。そんな羽奈を女子3が止める。

女子3「頼んだかんね!」

女子2に叫ぶ女子3。出入り口に着き、女子2に引っ張られながら空き地を出る六花。

女子2「駅はこっち!」

六花を振り返った女子2の表情が凍りつく。

六花「!?」

六花は肩に、ずしっとした重みを感じる。

男子2「逃がさねーし」

男子2が六花と女子2を引き離すように、六花の腕を、強引に自分のもとへ引き寄せる。

六花(痛いっ!!)

そこへ、女子2が男子2の急所を思いきり蹴る。男子2は六花の腕を離す。

男子2「!!!」
女子2「あんただけでも逃げなっ!」
六花「でも!」
女子2「早くっ!!」

六花は戸惑ってしまう。男子2は痛さにもがいて、動けない。

女子2「あんたはこっちの世界に来ちゃダメ!!」

女子2の力強い声に、六花は泣きそうになる。その時。

ーーー角砂糖。

背後で自分を呼ぶ声を聞いた六花。

六花(あぁ、もう大丈夫だ)

そう思って振り返る。平が走り寄ってくる姿を見て、目の前が涙でにじむ。

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