すべてを奪われ忘れ去られた聖女は、二度目の召喚で一途な愛を取り戻す〜結婚を約束した恋人には婚約者がいるそうです〜


 そしてようやく、その男がそろそろと顔を上げた。違う。男ではない。女だ。艷やかな髪をひとつにまとめ、少し茶色がかった瞳が俺をじっと見つめている。一瞬見せたその表情は、俺に会えた喜びで溢れかえっていた。


 その瞬間、ドクンと胸が跳ねた。


(なんだ? 今の感覚は……、もしかして魔術をかけられた?)


 しかし女はまた咳込み、苦しみに顔を歪ませている。


「おまえは何者だ! どこから入ってきた! 答えろ!」


 いつもならしない、まるで虚勢を張った怒鳴り声が自分から出ているのがわかった。こんな武器も持っていない、すでに捕縛されている女に何ができるというのだ。


 それなのにこの悲しげな瞳に見つめられると、心の奥から妙な声が聞こえてきた。


 ――その人を傷つけるな


 どこから湧いて出てきた考えかわからない。それに目の前の女は侵入者だ。甘い考えで油断をさせる魔術でもかけられたのだろうか。俺はその声を振り払うように、女の首筋に剣を当てた。


「おい! キョロキョロするな! 誰か仲間がいるのか? 答えろ!」


 この女に冷たく言えば言うほど、じっとりと背中に汗をかき始める。首に当てている剣も、まるで反発するように力が入らない。無理やりにでも体面を保とうとすると、カタカタと剣が震えだした。そんな時だった。

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