すべてを奪われ忘れ去られた聖女は、二度目の召喚で一途な愛を取り戻す〜結婚を約束した恋人には婚約者がいるそうです〜


 カイルの胸をトントンと叩き、ペコリとお辞儀をした。そういえばこの国にはお辞儀の文化がなかった。いつも私がお礼を言うとペコリ、謝るとペコリとするので、みんな次第に真似するようになったっけ。


 そんな懐かしいことを考えていると、カイルは不思議そうに私の動作を見ていた。やっぱり覚えていないみたい。少し淋しいけどしょうがない。私はスッと立ち上がると、改めて「ありがとう」と口をパクパクさせ、深々とお辞儀をした。


「お礼を言っているのか? 気にしなくていいのに」


 どうやら感謝の気持ちは伝わったみたいだ。でも「ありがとう」の口の動きは読めないようで、言葉は伝わらなかった。ここに召喚された時も自動翻訳って感じだったもんね。私の口の動きは日本語のままなんだろう。


 それでもカイルはお礼を言われたことで、嬉しそうにしている。言って良かった。


「まだ昼前だけど、食事を取っておこう。その間にこれからどうするかを説明する」


 そう言うと、カイルはテキパキと食事の準備を始めた。懐かしいその動きに、目の奥が熱くなってくる。旅に出た時もこうやってカイルや教会の世話係だったアメリさんが、食事を作ってくれた。
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