だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
プロローグ
「このたびは本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げつつ内心は居心地の悪さにどぎまぎしていた。

 どこかのホテルの一室と勘違いしそうになるほど広々とした病室は、個室の一言では片付けられない。政治家や大物俳優あたりが利用する特別室と呼ばれるものだ。

 その証拠に、受付で名前を告げてからかなり待たされ、特別なルートを通ってここまでやってきた。

 十一月も半ば、紅葉を楽しむどころか落ち葉の掃除に追われるある日曜日。私、倉本(くらもと)瑠衣(るい)は初対面の人のお見舞いに訪れていた。

 目の前の老婦人は大きなベッドから上半身を起こし、ニコニコと微笑んで私が手渡した紙の束を眺めている。肩に届くか届かないかのところで切り揃えられた白髪は艶があり、身に纏うパジャマもシルクの上質なものだ。気品あふれたたたずまいは、この部屋に十分に相応しい。彼女自身の立場も。

 逆にあまりにも場違いな私は、白色のタートルネックニットに紺色のプリーツスカートを組み合わせ、背筋を正している。背中に届くほどの真っ直ぐなサラサラの黒髪は昔から自慢だったが、二十五歳にもなると重い印象を与えるだけなので、そろそろ切るか染めるかを考えていた。

 ややつり上がった目は相手に冷たい印象を抱かせがちなので極力常に微笑むよう心がけている。

 食品会社の受付で働いている身としては、立ち振る舞いにはそこそこ自信がある。とはいえそれが通用する相手なのか。
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