だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
「えっと」

 返答に迷っていると、久弥さんがさりげなく私の肩を抱いた。

「今日ふたりで会っているときにお母さまが倒れたとの連絡を受けて、動揺する瑠衣さんに付き添ったんです。ご無事でなによりです」

「まぁ。それはありがとうございます。よかった、瑠衣にもそんな人がいて。……十河さん、瑠衣のことをよろしくお願いします。瑠衣、よかったわね」

 目に涙を浮かべながら母は微笑む。私はぎこちなく頷き、また明日必要なものを持ってくるから今日はもう休むよう告げた。

香保子(かほこ)にもお礼を言っておいて。瑠衣も、十河さんも迷惑かけてごめんなさいね。本当にありがとう」

「また改めてご挨拶にお伺いします。今はどうかお体を大事になさってください」

 どこまでも紳士で丁寧な久弥さんに母は最後まで嬉しそうだった。

 病室から出た後、私はなにも言えずに、半歩前を歩く久弥さんの背中を見つめる。

 お礼を告げるべきなのか、母に嘘をついたのを責めるべきなのか。

「ひとつ、教えてください」

 病院の外に出て、駐車場へと進み出す前に、彼に問いかける。久弥さんはこちらに振り向き、私たちはお互いに見つめ合う形になった。

「さっき私に付き添ってくれたのは、結婚を承諾させるためですか?」

 ああやって母に告げるために? 優しくして私を懐柔させるため?

 まっすぐに彼を見据えると、久弥さんは整った顔を切なそうに歪めた。
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