だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
「これ以上、祖母からなにかを期待しないでほしいと言っているんだ」

 冷然と言い切られ、私は不快感で顔を歪める。

 つまり彼は、私が光子さんからのさらなる寄付を目論んでここに足を運んだと思っているわけだ。

「心配しなくても、もうお伺いすることはありません」

 自分でも驚くほど冷ややかな声だった。少しだけ驚いた久弥さんの表情が目に入る。

「おばあさまには感謝しています。ですが寄付していただいた額にかかわらず、私は……母は同じようにしていたと思います。子どもたちもきっと」

 欲しかった図書が増え、新しくなった備品に子どもたちは目を輝かせていた。事情を話すと『お礼の手紙を書きたい!』と言いだし、それはひとりやふたりではなかった。純粋な子どもたちの想いを届けたかっただけだ。

「おばあさまの一日でも早い快復をお祈りしています。失礼しました」

 彼に背を向け足早に立ち去る。外に出るとどんよりとした曇り空で頬をかすめる風は体温を下げそうだ。ぎゅっと身を縮めて駆け出す。

 胸が痛い。冷たい彼の目が頭から離れず、唇とぎゅっと噛みしめた。

 あの人たちはお金に困ったり、お金で惨めな思いをした経験などおそらくないのだろう。

 心の中まで暗雲が立ち込める。家に着くまでには気持ちを切り替えないと。

 光子さんはともかく、彼の存在は忘れてしまおうと心に誓った。
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