契約彼氏とロボット彼女
第十章

監禁




ーー結婚式から二日後。

自室に監禁されている沙耶香は、涙でただれている目のまま窓の外をぼーっと眺めていた。


思い描かれているのは、ホテルのリネン室で引き裂かれてしまった瞬間の颯斗の顔。
颯斗とはあの日を境に会えなくなってしまった。



窓から離れて机に向かい、机上のノートを開いた。
そのノートには、颯斗と暮らしていた時の幸せいっぱいな思い出が書き綴られている。
毎晩、颯斗が寝静まってから書き溜めておいたものだ。



ページが進む度に膨らんでいく想い。
切り捨てなきゃいけない恋心。
そして、最終ページに書き綴った悲痛な叫び。



「颯斗さん……、会いたい……。今どこにいるの」



ノートを押さえてる指の隙間にポタポタとこぼれ落る涙。
左薬指にはめられているシルバーのケーブルタイは、あの日から身につけたまま。
指にはめてもらった時は最高に嬉しかったはずなのに、幸せに浸る余裕などなかった。


騒動を起こした後、右京と左京と菅は共犯者として業務停止命令を受けていた。

だから今は味方がいない。




一方の颯斗は、リネン室から引きずり出された後、ホテルの一室に連れて行かれて監禁されていた。
扉の外には監視員が二人。

シェフパンツのポケットにはスマホが刺さっているが、沙耶香の連絡先は当然知らない。


颯斗は枕に頭を落として天井を眺めながら沙耶香の事を思い描いていた。



サヤ……。
いま元気にしてるかな。
寂しい思いをしてないかな。


毎日同じ飯を食って、
毎日一緒に銭湯へ行って、
毎日一緒に居酒屋で働いて、
毎日身体を縮こませながら小さな布団に身を寄せ合った。


裕福な家庭で育ったサヤにとって貧乏生活は苦痛でしかないのに、白旗を上げるどころか馴染む努力まで。



俺は二日前に監禁されてから、夜を迎える度に窓の前に立って夏の大三角形を眺めていた。
こうやってホテルから空を見上げているように、サヤも部屋から空を見上げているんじゃないかなって。

もし見つめているところが同じなら、描いてる未来も同じだと願っている。




即席で書いた恋人業務委託契約書。
サインをしてもらう前にポケットの中に戻ってきてしまった。
最初にサヤが書いた契約書も結局サインはしないまま。
元々、無理に拘束する気は無かったのだろう。



あの日に渡すはずだった名前入りの指輪は自宅に置きっぱなしのまま。
テレビを開封した際に適当に指に巻いたケーブルタイを指輪代わりにするなんてダサいよな。
家を飛び出す時に持っていけば良かったのに、そこまで頭が回らなかった。

空回りばかりの言動に嫌気がさすばかり。



次はいつ会えるのかな。
いまどうしてるんだろう。


もしかしたら、既に窪田の嫁に?


それだけは無理。
もし二人が結婚していたら、これからどうしたらいいか……。






俺は絶望感に陥っていた。

結婚式をぶち壊してしまった事も彼女に会えなくなった要因だけど、まさか監視付きの部屋にぶち込まれる事になるとは……。


仕事も放ったらかしだし、途方に暮れる日々。
きっと、サヤの両親は俺達を許さない。
だから俺達はおり姫とひこ星のまま。



颯斗はやりきれない気持ちと闘いながら、ベッドの上に座って頭をぐしゃぐしゃとかきむしっていると……。

ガチャ……


部屋の扉が開く音がした。
ゆっくりとした目つきで扉の方に振り返ると。



「えっ……」



思わず声が漏れてしまうほど驚いた目線の先には……。

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