契約彼氏とロボット彼女

理解できない指示



「ところで家賃はお幾らくらい滞納してるんですか?」

「そんなプライベートな質問を赤の他人に答える訳ないだろ」


「じゃあ、今からさっきの女性の所に行って滞納額を聞いてきます」

「それは止めろ。……二ヶ月だ」



本当は死んでも答えたくない質問だけど、何となく嫌な予感がしたので先に答えた。



「ちなみに家賃とは月々お幾らでしょうか。ひと月100万円くらいですかね」

「そんな訳ねーだろ、目を凝らしてこのアパート全体をよく見てくれ」



沙耶香は颯斗が言う通り素直にアパートを見回した。


塗装の禿げている赤いトタン屋根
ところどころヒビが入っている白い壁
四隅が腐って年季の入った玄関の木製扉
玄関の内側の砂壁

この切実な現状を目の当たりにした瞬間、歪んだ口元から率直な感想が漏れた。



「汚い……」

「だろ? あんたには到底無縁な場所。だから早く帰ってくれ」


「嫌です。簡単には引き下がりませんよ。ちなみに普段から先程の女性に家賃を払っているのですか?」

「あぁ、そうだけど」



颯斗がふてくされた表情で正直に答えると、沙耶香の口角がクッと上がる。
次に合図をするかのように右京と左京に目配せをした。



沙耶香「右京、左京。……一つ」

左京「はっ、お嬢様」

右京「うぬっ(かしこまりました)」



命令を受けた二人は、縦に並んでタッタッタと足音をたてながら階段を駆け降りて行く。

言葉の意味が理解出来ない颯斗は、扉からひょいと顔を覗かせて階段方向に目を向けながら尋ねた。



「ねぇ、あの人たちは何をしに行ったの?」

「先程の女性の所に颯斗さんが滞納してる家賃を払いに行きました」


「はあぁぁあ?! 何してくれるんだよ! 契約者の俺が払ってもいいとか許可してないし」

「だって、颯斗さんと先ほどの女性がお困りでしたから」



颯斗は、悪びれる様子がないどころか淡々と語る沙耶香を理解出来ずに頭を抱えた。
テンションは下がっていく一方。



「ちなみに、さっき言っていた一つと言うのは、この前と同じく……」

「一つは一束の意味で現金100万円です」


「あのなぁ。二ヶ月の家賃は100万円もしないよ。しかも、許可なしに人の滞納家賃を払いに行かせるな」


「じゃあ、今すぐ返済してくれますか?」



沙耶香は無表情のまま不穏な空気を醸し出しながらキラリとメガネを光らせた。
その姿は、悪徳金融業者が借金返済を迫っているかのよう。



「そ、それは無理だけど。いつかは……」

「家賃問題は解決したのでアパートを追い出されずに済みましたね。では、部屋に入る権利が得られましたのでお邪魔させていただきます」


「おっ、おい……。ちょっと!」



沙耶香は返事を聞かぬまま靴を履いた状態で颯斗の横を素通りした。

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