契約彼氏とロボット彼女

愛さなきゃいけない人




結婚式場に到着した沙耶香は、ヘアメイクの後にウエディングドレスに着替えた。
全身が映し出されている鏡の向こうの自分は、一ヶ月前と同じ表情。
感情の浮き沈みや幸せなんてものは程遠い。

スタジオに誘導された後に瞬と二人で撮影を始めた。



カシャ…… カシャ……


シャッター音が鳴り響くスタジオ内。
私は彼と身体を少し向かい合わせにして白いブーケを握ってカメラ目線に。



「新婦さーん、もう少し笑顔でお願いします」



本当は心の底から噴水のように湧き出てくるような幸せいっぱいの笑顔が正解。
でも、それが出来ないからこうやって声がけされる。



「無理にでも口角を上げりゃあいいんだよ。幸せそうにさ」

「……」



彼はカメラマンに聞こえないように手で口元を塞いで小声で言った。

こんな時でさえ気持ちを押しつぶす彼。
もうこの段階で彼との未来が見えているのに、背負うものが大き過ぎてここから逃げ出す事が出来ない。



チャペルに到着すると、パイプオルガンの演奏と共に結婚式が始まった。


私は父の腕に手を組んでバージンロードをゆっくり進む。
目線の先にいるのは、もちろん颯斗さんではない。



足が痛くなるくらい高いヒールを履いて。
ゆっくり、ゆっくり時間をかけて前に進んでも、気持ちは一向に前向きにはなれない。



心置きないくらい颯斗さんとの幸せを満喫してきたはずなのに…。
契約書の日付を書き換えて、関係に終止符を打ってきたはずなのに。

もっともっと幸せな時間が欲しくなるのは、何故だろう。



1秒でも早く忘れなきゃいけない恋心。
黒板に書かれたチョークの文字を消すように、簡単に消せる事が出来たらよかったのにね。


私はもうこの瞬間から田所の嫁。
好きじゃなくても一緒にならなきゃいけない運命だから。



父の手から瞬さんへと渡される手。

『娘の人生を頼む』

きっと、そう言った意味合いで手渡されるのだろう。


彼は今日から私の旦那様。
これからは、愛したくなくても愛さなきゃいけない人に。

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