新そよ風に乗って 〜幻影〜
「はい、はい。栗原さん。早く上がって。お疲れ様。また明日」
栗原さんに手を振りながら、高橋さんはパソコンの画面に見入ってしまい、憤懣やるせない栗原さんは、ブツブツ言いながら事務所を出て行った。
ああ……。
気も漫ろだった、午後のあの不安と苛立ちは何だったんだろう?
何だか、どっと疲れが出た感じがする。
そして、1時間ぐらい残業した後、3人共、切りのいいところで仕事を終わらせて事務所を 出ることにした。
帰りがけに人事に電話をしていた中原さんが、人事の事務所に寄っていくと言って18階でエレベーターを降りたので、そこから高橋さんと2人になってしまった。
高橋さんと2人きりだと、やっぱり緊張してしまう。それは仕事中でも、終わった後でも変わらなくて……。
「お前、送ってくから乗っていけ。足、まだ完全じゃないんだからな」
エッ……。
「あ、あの……でも、もうだいぶいいですから、大丈夫です」
「いいから」
高橋さん。
そんな会話をしていると、エレベーターが2階に着き、まだ社員の退社時間のピークを過ぎていなかったので、一旦、高橋さんと一緒に2階で降りた。
高橋さんが警備本部に鍵を返しに行っている間、エレベーターホールで待っているように言われたので、端に寄って高橋さんが戻ってくるのを待っていると、高橋さんが警備本部に鍵を返して戻って来る姿が見えたので、エレベーターのボタンを押した。
何だか、怪我をしてからずっと送ってもらってばかりで、高橋さんに申し訳ないな。
「お待たせ」
「あの、高橋さん。本当に、もう足は大丈……」
「居た! 高橋さーん」
エッ……。
後ろから高橋さんを呼ぶ声と、誰かが走ってくる足音がして、高橋さんと一緒に振り返った。
「良かったあ。警備本部で待ってれば、きっと会えると思ったんですよ。それで、外から見てたら、今、チラッと高橋さんの後ろ姿が見えたから、追いかけて来ちゃいました。高橋さん。今から、帰られるんですよね?」
栗原さん……。
嬉しそうに高橋さんに話し掛けている、栗原さんの姿があった
「あれ? 矢島さん。 どうしたんですか? 矢島さんも、高橋さんを待ってたんですか?」
「えっ? ち、違います」
何て言ったらいいんだろう?
高橋さんに送ってもらうって言うのも、何だか初対面なのに言いづらい感じだし、勘違いして誤解されても困る。
「矢島さんは足を怪我しいてるから、これから送っていくところだ」
高橋さん……。
「送っていくって? もしかして、高橋さん。車なんですか?」
「ああ。だから、此処で失礼するよ」
高橋さんは、エレベーターのボタンを押しながら言って、栗原さんには、にべもない。
「じゃあ、私もご一緒させて下さぁい」
エッ……。
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