暴君CEOの溺愛は新米秘書の手に余る~花嫁候補のようですが、謹んでお断りします~
それから数分後。
再び副社長室に戻った私はデスクの前に立った。

「私はこれで失礼します」
「ああ、おつかれさま」
顔を上げることもなく返される言葉。

コトン。
私は副社長のデスクにコーヒを置いた。
「お気に召すかはわかりませんが、コーヒーを淹れましたので」

副社長が濃い目に入れたブラックが好みなのは事前にリサーチ済。
好みの銘柄は給湯室に置いてあったし、時々ホテルのラウンジにコーヒーの配達を頼んでいるのも聞いた。
もしかして余計なことをと思われるかもしれないけれど、これくらいしか今の私にできることはない。

「頼んだ覚えはないが?」
「・・・すみません」
やっぱり迷惑だったか。

「それに、これは何だ?」
コーヒーの隣に置かれた小さなお皿を掲げて見ている。

「ちんすこうです。沖縄銘菓の。ご存じありませんか?」
結構有名なお菓子だと思うけれど。

「知っているが、食べるのは初めてだ」
「そうですか。少しもそもそしますが、コーヒーにも合うと思いますのでよかったら召し上がってください」

初出勤のごあいさつ代わりに持ってきた沖縄のお菓子。
秘書課の皆さんにはすでに配っていて、残りを副社長にも出してみた。

「素朴な味わいだな」
一口でパクリと口に放り込んでから、コーヒーを流し込む。
「はい」

今の沖縄はとってもおしゃれな街になってしまって、食べ物だって見た目重視の多国籍。
ガツンと大盛りのお肉や、洗練されたコース料理、つい写真を撮りたくなるようなデザートもたくさんあるけれど、私は昔からある沖縄料理が好き。
だからお土産もちんすこうにした。

「ごちそうさま」
「お粗末さまです」

たった一言、ごちそうさまと言ってもらったことに私はなぜかホッとした。
まだまだ不安はいっぱいだけれど、ごちそうさまが言える人とならやっていける。そんな気がしていた。
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