薙野清香の【平安・現世】回顧録
【2章】夏は……運命の揺れ動く季節

1.

 あっという間に季節が過ぎた。もう暦の上でも、感じる気温も、すっかり夏である。

 芹香と東條は無事、正式に交際を始めた。藤野(姉)は大層悔しがっているらしい、そう、風の噂で聞いた。

 清香の日常は、というと、これまでと何も変わっていない。
 今日も自室に、カタカタとキーボードを叩く音が鳴り響いている。机のすぐ側にある窓からは、美しく輝く月が見え隠れし、清香の心を穏やかにする。


(夏はやっぱり夜よねぇ)


 千年前にも思い綴ったそんな言葉が、自然と清香の頭に浮かんだ。


「お姉ちゃんさぁ」


 清香のベッドに腰掛けながら、何やらもの言いたげに佇んでいた芹香が、意を決したように口を開く。キーボードを叩く指をそのままに、清香はチラリと後ろを向いた。


「何?」

「その、崇臣さんとのことなんだけど」


 芹香の言葉に清香は苦笑を浮かべる。


(やっぱりその話題か)


 予想していたこととはいえ、そう思わずにはいられない。
 あのダブルデートの日から実にひと月半。芹香は何度も部屋を訪れては、もの言いたげにソワソワと膝を揺らしていた。かなり我慢していたのだろう。けれど、どうやらついに黙っていられなくなったらしい。
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