薙野清香の【平安・現世】回顧録

4.

「一体どういう状況だ、それは?」


 そう尋ねるのは、渋い表情を浮かべた崇臣だ。


(私に聞くなよ)


 無言でそう訴えながら、清香はそっとため息を吐く。

 崇臣が何のことを話しているかと言えば、清香の隣にピタリと密着して座っている紫のことだ。彼女はまるで、飼い主に纏わりつく猫の如く、ウットリとした表情で清香を見つめていた。

 清香の言わんとしたいことが分かったらしい。崇臣は憮然とした表情のまま、持っていたビニール袋を差し出した。中にはペットボトルの水と、塩分補給用の飴が入っている。


「差し入れだ」

「……ありがと」


 清香ははにかむ様に笑いながら、崇臣のことをそっと見上げる。

 今日の崇臣は、久方ぶりに狩衣を身に纏っていた。
 彼の着ている狩衣は、かなり布地が薄く作られているものの、外は相当に暑い。けれど当の崇臣は、まるで気温を感じていないかのように、涼し気だった。


(そして、悔しいことに似合っているのよね……狩衣)


 気づけば清香の瞳は、崇臣に釘付けになっていた。心臓がドキドキと高鳴っている。
 気づけば紫が、そんな清香の様子をまじまじと見つめていた。まるで『分かってますよ』とでも言いたげな表情だ。


(申し訳ないけど鬱陶しい)


 恥ずかしいし、せめて見ないふりをしてほしい。清香は頬を染めつつ、眉を八の字に歪めた。


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