温室の魔女は、今日も僕をアフタヌーンティーに誘う〜今宵、因縁の君と甘いワルツを〜

宇宙エレベーター


 そういうわけで僕たちは今、宇宙エレベーターのある九時無区(くじなしく)の宇宙エレベーター駅前にいる。

 僕たちの視線の先には、空から垂れた糸のような長細い赤い建物。

「おぉー。近くから見ると圧巻だね」

 雫さんは雲の奥へ消える建物を、首を直角にして見上げながら言った。

「これに乗るのかぁ」
「ムギちゃん、これ、床は全部ガラスでスケスケらしいよ」
「えっ……」

 思わず引き攣った僕の表情を見て、雫さんがおかしそうに笑った。

「ふふっ。ウソだよー。事前に調べたりしてないから、エレベーターの中がどうなってるかなんて知らなーい」
「もう……雫さんなんて知らない」

 僕はツンとして、雫さんの車椅子を押して中へ入る。

「怒らないでよー。あ、ムギちゃん。今日はね、私もお菓子を持ってきたの」
「えっ、雫さんが?」
「うん! ギモーヴだよ。カラフルで可愛いでしょー? いつもムギちゃんにもらってばっかりだから、たまには私もムギちゃんにご馳走したいなって」
「雫さぁん」

 もう、好き。
 完全に雫さんに手玉に取られているような気はするが、でも可愛いのだから仕方ない。

「チケット拝見致します」

 雫さんが、エレベーターの扉の前に立った受付の女性にチケットを渡す。すると、チケットを見た女性は驚いたように固まった。

「わあ、お客様凄いです。これプレミアムチケットですよね」
「えっ、そうなんですか?」

 僕は雫さんの手に持っているチケットを覗き込む。

「はい。こちら、楽屋までお越し頂けるチケットです。今回は一枚しか発行されてないはずですが……お客様がプレミアムチケットをお持ちだったんですね。こちら、ホール入場に必要なパスポートになりますので、失くさないように腕につけておいてください」

「はい。ありがとうございます」

 受付の女性は僕たちにひとつずつブレスレットを渡し、笑顔でそう言うと、流れるような仕草でエレベーターのドアを開けた。

「それでは、いってらっしゃい!」

 そして、僕たちだけを乗せた宇宙エレベーターが出発した。

 エレベーターは、光のような速度で空へ昇っていく。
 光のラインが僕たちを包み、真空のカプセルはあっという間に闇の世界へと僕たちを連れていく。

 ――ガチャンとエレベーターのドアが開くと、そこには見たこともない美しい世界が広がっていた。

 部屋の中は明るいのに、窓の外に移る世界は夜のように暗い。

 そして、
「わわっ」
 体が浮いた。

 雫さんの小さな体も、純白の車椅子も。

「これが無重力?」

 しかしすぐにパスポートのブレスレットが光ると、僕たちの足は地についた。

「このブレスレット、無重力を軽減する力もあるんだ。凄いね、雫さんの魔法みたい」
「ムギちゃーん」

 見ると、雫さんは床に座り込んでいた。その横には車椅子。

「あっ、ごめん。大丈夫?」

 僕は慌てて雫さんの小さな体を抱き上げ、車椅子に座らせる。
「ありがとう」

 雫さんは申し訳なさそうに笑う。
「なにをいまさら」

 雫さんは足が悪い。それは前から知っていたけれど。まったく歩けないとまでは思っていなかった。

 君が歩けないのは、どうしてなの?
 ……なんて訊ねたら、答えてくれるのかな。

 雫さんを見ると彼女は察したのか、僕から目を逸らした。
 やはり、話す気はないらしい。

 そりゃ聞いてどうにかなるものでもないけれど……。
 僕の心に、少しだけ重い雲がかかる。

「――こんにちは。お待ちしておりました」

 その時、突然声をかけられた。
 声の方へ振り向くと、スーツの男性が立っていた。

「はじめまして、カラードールのマネージャーをしております、那野(なの)と申します」

 名乗りながら、那野さんは丁寧に頭を下げた。

「はじめまして。願い屋七つ星の管理人、英雫です。こちらは私の助手のムギちゃんです」
「綿帽子紬です」

 雫さんに紹介された僕は、那野さんに頭を下げた。

「ご案内します。どうぞ、こちらへ」
「えっ、ライブの前に?」
「あ、そうそう。ムギちゃんには言ってなかったね。実は彼女からの手紙では、ライブの前に願いを叶えてほしいってことなんだ」
「そうなんだ」

 僕たちは、那野さんの後をついていく。そして、『モモ様』と書かれたプレートのかかった楽屋の前に来た。

「モモ様、お連れいたしました」
「入って」

 部屋からの声に、那野さんは中へ僕たちを通す。
 部屋に入ると、そこにはテレビで見たまんまの女性がいた。

「はじめまして、モモです」
「願い屋七つ星の英雫です。こちらは……」
「綿帽子紬です」

 モモさんは桃色のふわふわの髪を耳の下で結わえ、髪と同じ色のドレスに身を包んだ綺麗な女性だった。

 目元の化粧もしっかりとしているためか、とても僕たちと同年代とは思えないほど大人びている。

「今日はわざわざお越しいただいて、ありがとうございます。私のわがままで……」
「ふふっ。モモさん、とりあえずお茶にしましょうか」
「あ……はい」

 雫さんは持ってきていたお菓子を手に掲げ、モモさんに笑いかけた。
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