温室の魔女は、今日も僕をアフタヌーンティーに誘う〜今宵、因縁の君と甘いワルツを〜

『紬と絆』


 ――十年前のあの日。
 絆はひとつの街を消した。

 すべては、紬のために。
 紬とはたった一年間だけの家族だった。

 それでも絆にとってはかけがえのない家族。命をかけるには十分だった。
 だって紬は、絆の命の恩人だから。絆と紬は、同じ運命を背負った者同士だから。

 このままでは、紬はこの街に殺される。そのためにはこうするしかないのだ。

『紬。ほら、こっちにおいで。大事な話があるんだ』
『なあに?』

 まだ幼い弟は、とことこと拙い足取りで絆の元へ駆け寄ってくる。

 絆は紬の小さな両手をしっかりと握り、目を見て言った。

『明日の夜、父さんと母さんは海の先の国から帰ってくる。けど、俺は明日ちょっと出かけなくちゃならないんだ。二人が帰ってくるまで、一人でお利口にお留守番できるか?』

 やるなら、両親が街へ帰ってくる直前の明日しかない。明日安全なのは、この家か、この街の外だけ。

『うん! できるよ!』

 無邪気な笑顔で頷く弟の頭を、絆は噛み締めるように撫でる。
 そして、耳につけていたピアスを外し、握らせた。

『よし。じゃあ、これをやる。その代わり、ちゃんとここで、静かに留守番してるんだからな?』

 紬は手の中の深紅のピアスを見て、瞳を輝かせた。

『くれるの? でも、これはお兄ちゃんの大事なものだよ』
『いいんだ。俺はもう付けられないから』
『どうして?』
『お前にやりたいんだ』
『ありがとう! お兄ちゃん!』

 翌日、幼い弟を残して家を出た絆は、とある高層タワーを爆破し、唐草区の人間を一人残らず消した。

 きのこ雲が消えた後に残ったのは、大きな大きな昏い穴と、赤いレースの切れ端。

 絆は崩れていくタワーを見て、ホッとしたように地面に寝転がる。爆発の衝撃で飛んできたガラス片が容赦なく絆の体を引き裂いたが、今さらそんなことはどうでもよかった。

『ははっ……』

 ざまあみろ、と思った。

 みしみしと、なにかに身体中の皮膚を引き裂かれる痛みも、今はただ心地良い。これは勲章。紬を救えた証なのだから。

 今、ようやく紬の両親の気持ちがわかった。なぜあんなことをしたのか。
 二人はただ、紬を守りたかっただけなのだ。今の絆と同じように。ああするしか、方法がなかったのだ。

 紬が幸せに生きられる世界をつくれるのなら、死んだっていい。

 ただ……できることなら、もう少し、もう少しだけ、紬の成長を見ていたかったけれど。

 絆は紬のいる家を見る。その瞳いっぱいに涙が込み上げる。ゆっくりと瞼を伏せ、涙が頬を流れたそのとき。

『おはよう、哀れな人間様』

 声に目を開けると、そこには漆黒の羽を持つ蝶がいた。淡く光りながら、絆の額に止まっている。

『……対価の取り立てか?』
『いやだねぇ』

 どうやら、お迎えが来てしまったようだ。

『……君の願いは叶った。あのタワーを壊し、この街の人間はすべて消えた』

 その声に表情はなく、蝶はひらひらと羽根を動かしながら、静かに絆を見下ろした。

『あぁ……ありがとう。もう十分だ。全部、やるよ』

 蝶は無言で羽ばたく。蝶の羽ばたきで風が起き、漆黒のレースが絆に襲いかかった――。
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