温室の魔女は、今日も僕をアフタヌーンティーに誘う〜今宵、因縁の君と甘いワルツを〜

昏く甘いキスの味


「詩歌ちゃんは親から酷い虐待を受けていて、数ヶ月前に私のところに来た。彼女の願いごとは、『ママとパパを消して』だった」

 僕は息を呑む。
「そんな……嘘でしょ?」

 信じられない。それなら、どうして。

「あの日、私は彼女から対価として彼女の記憶をもらったの」

 雫さんは、ゆっくりと話し出した。

「記憶を……?」
「そう。だって、両親を消したという罪を背負っていくには、彼女はまだ幼過ぎるでしょう? 私なりに、配慮したつもりだったの。でも……それが仇になって、この事態を招いてしまった」

 それは、彼女なりの配慮だったらしい。

 僕は手を握り込んだ。とめどなく溢れ出す冷や汗で、僕の手はべとべとになっていた。

 だから雫さんは、詩歌ちゃんの願いは叶えられないと言ったんだ。

 叶えた願いごとこそが、今の状況だったから。

 けれど記憶を失くした詩歌ちゃんは、なぜ自分に両親がいないのか分からなかった。

 自分が虐待されていたという記憶は彼女にはない。詩歌ちゃんは、両親は死ぬ直前まで自分を愛してくれていると信じて疑っていなかったのだ。

「じゃあ、あのときどうして教えてくれなかったの!? もし、本当のことを話してくれていたら、僕だって……」
「あんな幼い子に、なんて言うのよ」

 冷ややかな声。僕はびくりと肩を揺らした。雫さんは固まった僕を見て、苦笑した。

「……あなたが両親を殺したのよって? あなたはずっと、両親に虐待を受けていたの。殺されかけて、私に助けを求めにきたのよって……ムギちゃんは、記憶のない八歳の女の子に言える?」

「それは……」
 僕はグッと奥歯を噛み、目を逸らす。

「どうしよう、僕のせいだ……」
 
 ほろりと涙が零れた。八歳の女の子が、死んだ。それは紛れもなく僕のせいで。

「詩歌ちゃん……ごめん……」
「これは、結果だよ。あの子が選んだ未来。ムギちゃんのせいじゃないよ。彼女は結局、こうなる運命だったんだよ」

 雫さんは、涙を零すこともなく言う。

「……どうしてそんな平然としていられるの? どうしてそんなこといえるの?」
「私は、最初からこういう人間だよ」

 雫さんの声は、僕の耳に冷たく響いた。
 
「ひどいよ……」
「そうだよ。私は魔女だもん。今さらでしょう?」

 俯いた雫さんの頬に触れる。雫さんの頬は温かかった。

「……ごめんね」
 雫さんは悲しそうに微笑み、頬を撫でた僕の手に、その手を添える。

 そして「ムギちゃん……私、ムギちゃんのこと大好きだよ」

「え……」

 一瞬、僕はなにを言われたのか分からなくて、動揺に瞳を揺らした。

 ……好き?
 雫さんが、僕を?
 旅行のときの、あの海の波音が蘇る。

 魔法で時が止まっているのかと思うほど、温室内は深い静寂に包まれていた。

「なんで……今なの」

 僕は涙が止まらない。

 雫さんがくれたその言葉は、僕がどうしようもなく待ち望んだ告白だったのに。

 僕は、間違いなく雫さんのことが好きだ。けれど、これ以上踏み込むなと、もう一人の自分がずっとどこかで警鐘を鳴らしている。

 それは、初めて会ったあの日から。
 そしてその予感めいた警鐘は、きっと間違っていないのだと、僕はもう気付いてしまった。

 けれど。
「……僕も、好きだよ」

 僕の口は、彼女への愛を紡ぐ。

 雫さんは微笑んで、僕の後頭部へ両手を滑らせた。

 雫さんの小さな手は、泣きたくなるくらいに優しく僕を引き寄せて。

 ――僕の唇に、少しだけ冷たい自分の唇を押し付けた。

 僕の中に、柔い感触が広がっていく。
 雫さんの唇は、まるで水飴のように甘く、暗い暗い闇の味がした。
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