温室の魔女は、今日も僕をアフタヌーンティーに誘う〜今宵、因縁の君と甘いワルツを〜

十一年前のテロ事件

 アゲハさんがゆっくりと話し出す。

「君は三歳になったとき、ましろから黒羽財閥次期後継者に選ばれた。直後から、君の家は黒羽家の一族にこぞって命を狙われることとなった。君の両親は君の命を守るため、その元凶である黒羽財閥自体を潰そうとして、あの未曾有の大事件を起こしたのだ」

 毎年六月になると、必ず事件の追悼番組の特集が放送される。二万人の犠牲者を出したテロ事件。ひとつの大きな財閥が消えた事件。

「……だが、悲劇はそれだけでは終わらなかった」
「じゃあ、僕はその後綿帽子の家に拾われて……」

 新しい家族……兄ができたのか。

「そうだね。さらにほどなくして黒羽財閥本社タワー跡地に新しいタワーが建てられた。それも、たったの半年で」

 それは、凄惨なその事件を忘れないために被害者遺族一同の手で造られたという。

「記念碑タワーだ。あのタワーには、被害者遺族の会が入っていた。そして――あれは紛れもなく、君たち黒羽財閥次期後継者たちへの復讐を企てるための組織で、タワーはその本拠地だった。唐草区は、被害者による被害者のための、君を殺すための区だったんだよ」

 アゲハさんの口から告げられた真実に、全身が冷えていく。

 手の感覚がなくなり、ようやく自分が強く手を握りこんでいたことに気が付いた。

「そして、翌年。それに気付いた君の兄の絆は、魔女である雫の元を訪ねた」
「兄さんが……願い屋七つ星に?」

 アゲハの口から兄の名前が出て、僕の鼓動は再び際限なく早まっていく。

「絆はあのタワーを消し、唐草区の人間全員を消してくれと頼んだ」

 人を消す。
 それはつまり殺すということなのか。

 考えただけでも恐ろしくて、僕はそれを問うことが出来ずに、
「……でも、そんなことできるの?」

 雫さんはとても強い魔力を持っている。
 でも、いくら魔女とはいえ、それは既に神の領域なのではないだろうか。

 思った通り、アゲハさんは目を伏せ、ゆるゆると首を横に振った。

「無理だよ。当時の雫の力では、とてもそんな大きな魔法は使えなかった」
「じゃあ……どうして」

 実際今、記念碑タワーは存在しない。そしてタワー跡地には、あの大きな昏い穴がある。

「雫は一度断った。だが、君の名前を聞いて気を変え、依頼を受けたんだ」
「僕の名前を?」
「……君は当時、雫のたった一人のともだちだった。記憶は雫自身が消したから、覚えていないだろうけど」
「えっ……」

 僕と雫さんが、ともだちだった?

「雫は当時、すでに閉園した植物園の奥のこの温室で、一人で密やかに暮らしていた。君はそこに唯一訪ねてくる小さな侵入者。雫は君を最初こそ追い返したが、すぐに打ち解け、共に過ごすようになった。君がいつもひとりでいることを不思議に思って、君の様子をこっそり覗いたんだ。そして、街の人間に何度も襲われかけているところを見た雫は、そのたびに君を助け、守り続けていたんだよ」

「でも、そんな記憶……僕には」

 襲われた記憶も、ましてや雫さんとともだちであった記憶もない。

「絆は君に幸せに暮らしてほしいからと、タワーと区民を消すことと、君の五歳より前の記憶を消すことを要求してきた。雫はそれをのみ、区民から君を救った」
「そんな力どうやって……」

 アゲハは、目を伏せるように自身の足を見つめた。その視線の流れに、僕はハッとする。

「まさか……」
「……この世界には、魔女が三人いる。白と、黒と、紅。雫は白。そして、私は黒」

 アゲハさんは長い睫毛をぱたりと瞬かせる。

「どういうこと? わかるように説明してよ」

 僕は苛立ちを露わにして言った。

 しかし、アゲハさんはまるで気にする素振りもなく、
「私は蝶だった。黒の魔女の魔力は、三人の魔女の中で一番だが、代わりに人の体を持たない魔女。魔女であることすら人には認識されない。だから私は、人の体が欲しかった」
「……どういうこと?」

 聴きながら、嫌な予感が胸を支配していく。だってアゲハさんの次の言葉は、容易に想像ができたから。

「雫は、黒の魔女である私に依頼をしてきた。絆の依頼を受けるために力を貸してくれと。その代わり、『対価』として自分の夜の身体をやるからと」

「……それはつまり、夜になると雫さんの体にアゲハさんが入るということなの?」
「そうだ」
「……じゃ、じゃあ足は!?」
「それは、君の命の『対価』だ」
「僕の……命?」
「事件当日、君は絆から家で留守番しているよう言いつけられていた。にも関わらず、君は絆との約束を破り、街へ出て、タワーの崩壊に巻き込まれ、あの穴に落ちて死んだんだ」

 アゲハさんはため息をついて、僕を睨んだ。けれど、僕は言葉が出なかった。
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