温室の魔女は、今日も僕をアフタヌーンティーに誘う〜今宵、因縁の君と甘いワルツを〜

『家族』


 夢の中で、僕は初めて両親に会った。

『紬』
『お母さん……』

 母は栗色の長い髪を緩くウェーブさせた可愛らしい人だった。母はすごくお上品に笑う人で、僕の瞳の色は母に似たんだと思った。

『紬』
『お父さん……』

 父はとても精悍な顔つきをしていて、僕とはあんまり似ていなかったけれど、声が僕とよく似ていた。
 それから父は、背がとても高かった。僕は決して小さい方じゃないけれど、あわよくば身長は父くらいになりたいな、などと思った。

『ようやく会えた』
『あぁ……紬。私の紬。もっとよく顔を見せて』

 二人は、これまでニュースで見てきたような悪人面ではまったくなくて、とても優しい顔で僕を抱き締めた。

 僕はその温もりを覚えていなかったけれど、なぜか涙が止まらなかった。そんな僕を、二人は笑ってまた抱き締めた。

 二人は、ずっと『ごめんね』と謝っていた。

 どうして謝るのと訊ねると、
『お前を一人にした。お前を孤独にした。こんなことになるなんて……本当に悪かった。あのときは、ああするしかないと』

 父は、項垂れるように肩を落とした。

『恨んでなんかないよ。二人が僕をすごく想ってくれていたことが分かったから。二人は僕を見捨てなかった。それが、僕にはなによりも嬉しかったんだよ』

 僕はぶんぶんと首を振る。

『ありがとう、お父さん、お母さん』

 僕はずっと、自分は今の両親の子供だと思って疑っていなかった。記憶を消されていたとはいえ、こんなにも身を削って守ってくれた両親を忘れていた薄情な自分が恨めしい。

『でも……結局、あなたをさらに危険な目に合わせてしまった。もし絆君が紬を守ってくれなかったら……ああ、でも、そのせいで絆君が犠牲になってしまった……』

『兄さんは……ううん。全部僕が悪いんだ。二人は悪くないよ。兄さんのことは、全部僕が背負うべき罪なんだから』

 自分でもよくわからなかったけれど、すぐにこの言葉が出てきて、両親は驚いたように僕を覗き込んだ。

『僕はずっと誰かと一緒にいたんだ。綿帽子の両親と、兄さんと――それからね、ともだちもいるんだよ』
『ともだち?』

 母が瞳をうるませる。

『うん。その子は魔女でね、いつも僕を見守ってくれてたの。助けてくれてたの』
『そう……』

 母は泣きながら、優しい笑顔を浮かべて笑った。

『でもね……ずっと僕のせいで苦しい思いをさせてたんだ。僕のことをずっと守ってくれていたのに、僕はそれに甘えて、気が付かなくて……彼女は僕の罪をずっと一人で背負ってくれてたの』

 僕は涙を堪え、手を握る。すると、母が僕を優しく抱き締めた。その温かさに、僕の涙腺はまたじわじわと崩壊していく。

『あなたに罪なんてないわ。あなたにこんな運命を背負わせてしまった私たちが悪いの』

 僕はまた、首を振る。そして、宣言するように強い眼差しで両親を見た。

『……僕ね……彼女を助けたいんだ』
『紬はその子のこと、大好きなんだな』

 父がやれやれといった様子で苦笑し、母と顔を見合せた。

『うん。今はまだともだちだけど、僕、彼女が――雫さんが大好きなんだ』
『……好きな子なんて、紬ったら。大きくなったのね』

 母はそう言って、また泣いた。僕を抱く母を、さらに上から抱き締めてくれる大きな父の腕が、僕の心に安心感をくれる。

 できることなら、いつまででもこうしていたい。
 できることなら、二人と一緒に暮らしてみたかった。どう頑張っても、雫さんの魔法で消えた僕の記憶は、戻ってこないから。

 ……でも。

『僕、行かなくちゃ。お父さん、お母さん、ずっと忘れててごめん。会えてすごく嬉しかった』

 二人は声を震わせて、僕をさらに強く抱き締めた。

『うん……元気でね。ちゃんとご飯は食べないとダメよ。あ、それから……』
『こら、咲。紬はもう子供じゃないんだ。好きな子までいるんだぞ。紬はもう、なんでも自分でできるんだ。そうだよな、紬?』

 しかし、
『それとこれとはべつでしょ。ダメよ、紬。夜はちゃんと暖かくして寝るのよ。それからもしその子と上手くいかなかったとしても、やけになって変な女に貢がないように……』
『こらこら、咲』

 父は、そんな母から僕を隠すように前に乗り出して笑った。
 そんな何気ない仕草がどうしようもなく嬉しくなる。

『ダメだ。こうなるとお母さん長いから、紬、ほらもういけ』

 僕は苦笑して、頷いた。

『うん』
『もう、なによ。紺さんは心配じゃないの?』

 そう言ってつんと口を尖らせる母は、とても可愛くて。

『ははっ……母さんは紬がいくつになったとしても子離れができなさそうだな』
『そんなことありませんよ』

 苦笑を浮かべた父はとても優しそうで、かっこよかった。

『……じゃあ』

 母が躊躇いがちに僕の頬を撫でた。とても優しく、温かい手だった。

 最後のお別れをしようとしたとき、二人は躊躇いがちに僕を引き止めた。

『紬』
『なに?』

 僕は振り向く。

『――絆君は、元気か? 次会ったとき、彼にお礼を伝えてほしい』
『え?』

 僕は困惑した。それは、どういうこと?
 夢の中の二人は、なぜだかは分からないが、兄さんが事件を起こしたことを知っていた。

 それなのに、兄さんが死んだことは知らない?

『待って、それってどういう――』

 しかし、僕の声は、風のようなものに掻き消され、意識がゆっくりと遠ざかっていく。

『紬、絆君は――』
『なにっ? 聞こえないよ、お父さん、お母さん! 兄さんが一体なんだっていうの――』

 しかし、最後の叫びはお互いの耳に届くことなく、夢は無常にプツンと途切れた。
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