好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
 これまで貴族令息として何不自由ない生活を送ってきたジェラルドにとって、生活の落差は当然大きかった。
 使えるお金は段違いに減ったし、使用人を雇っていない分、メアリーに負担をかけている自覚はある。アカデミーの学費やこれまでの生活費だって、いつかは伯爵に返したいところだ。


 それでも、彼は今、驚くほどに幸せだった。


 メアリーがそばにいてくれるだけで、ジェラルドはどこまでも強くなれる。


 貴族だから、平民だから――――一体何が違うというのだろう? 全く違わないとは言わないが、そのことが理由で一緒に生きていけないなんて馬鹿げているというのがジェラルドの持論だ。

 本来なら、特別な身分などなくとも、人は幸せに生きていける。平民のほうが貴族よりも余程多いのだし当然だ。

 けれど、貴族というのはとかく身分にしがみつこうとする。この地位を降りれば、何もなくなってしまうというような勘違いをする。


 本当に大事なもののためならば――――本当に大事なものだからこそ、ジェラルドは迷わず手を伸ばした。


「ん……」


 そのとき、隣からくぐもった声が聞こえてきて、ジェラルドはハッと目を見開く。愛らしいメアリーの声音だ。


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