好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
 5歳のアリスは、レヴィから見ればものすごく恵まれていて、ともすれば恨みの対象になりえた。

 自分たちとは比べ物にならないほど清潔で、鮮やかな色の布で作られたドレス、毎日洗われているであろう光り輝く美しい髪の毛。レースのリボンに、ピカピカに磨かれた靴。艷やかな肌にふっくらとした頬を見るに、お腹を空かした経験など一度もないのだろうと予想がつく。


(――――いや、僕には関係ない)


 欲しがったところで、羨んだところで手に入るわけではない。嫌味を言って何になる? 虚しくなるだけだ。自分が嫌いになるだけだ。

 見るな。考えるな。
 心を揺らすな。

 レヴィは部屋に引きこもり、アリスの存在を頭から消し去ろうと努力する。


「こんにちは、お兄さん」


 けれど、そんなレヴィのもとにアリスはやってきた。人懐っこいとびきりの笑顔を浮かべて。

 レヴィは一瞬だけアリスの方を向き、それからそっと視線を逸らす。

 見えない。聞こえない。
 相手をしなければ、アリスはすぐにここから居なくなるだろう。そう思っていたのだが。


< 76 / 234 >

この作品をシェア

pagetop