眠れる森の王子は人魚姫に恋をした

創立記念パーティー

【Side:航希】

今年は曽祖父が会社を設立してからちょうど70周年を迎える記念の年だった。それを記念して来月は社員や関連会社を集めてパーティーが行われる予定になっている。

「先ほど社外の招待者リストをメールしておきましたのでご確認ください。」

「わかった。」

スマホに届いた文からのメッセージを見ながら黒田に返事した。

付き合うようになってから1か月がたった。文から何かメッセージが届いていないか、ついついスマホに目がいってしまう。

デスクワークではない文はスマホを基本更衣室のロッカーの中に置いていると言っていた。ガッツリ勤務時間の今は当然スマホが手元にないので文からのメッセージは届く事がない。新しいメッセージが届いていない時は、彼女から『私も好き。』と送られたメッセージを何度も何度も見返してしまっていた。

「長月さんも招待リストに入れますか?」

「いや。俺との関係を(おおやけ)にしたくないそうだ。招待しても一緒にいてやれない…。」

「副社長との関係を公開したくないなんて珍しいですね。」

 黒田の言う通りだ。

「今まで付き合ってきた女は皆んな友達に自慢してたけどな。文は施設で育った事を気にしているようだ。そのせいで恋人として俺と釣り合いが取れないと思ってる。」

 俺は大っぴらにした方が彼女に男が寄ってこなくなるからそうして欲しいのだが…。

悔しいこと俺の方がすっかり夢中になっていた。彼女と一緒にいると全てがしっくりと収まるような感覚になる。本能的、直感的に文の側にいることを望んでしまう。そんな感じだった。

「招待状はいらないが、会場となるホテルに部屋をとっておいてくれ。」

「畏まりました。」

「夜は文と二人でゆっくり過ごしたい。移動が面倒だ。」

初めて二人で食事をした日から二人で一緒に夜を過ごし朝を迎えることは無かった。俺の仕事も忙しかったし、3月は新入学の準備で大変なのだと文は仕事が休みの日は世話になった施設へと手伝いに行っていた。だから、まともに会えるのは俺が社内にいる時に昼食を届けさせるあの時間だけだった。

「先ほど、社員食堂を任されている総務部フードビジネス課の島崎(しまざき)主任より長月さんをそろそろ開放して欲しいと連絡を頂きました。長月さんは業務委託先の方なので契約外の事をこれ以上頼めないと…。目的も果たせたようですし、今週いっぱいで終えられるのはいかがでしょうか?」

 あぁ、この貴重な時間さえ無くなってしまうのか…。

「仕方ないな…。それで返事しておいてくれ。」

「承知しました。それからアクアリゾートの葛城(かつらぎ)様の15時半のアポですが役員用の応接室の予約が埋まっておりましたので申し訳ありませんが営業部のフロアにある応接室を予約いたしました。」

アクアリゾートはベイサイドに展開している大人向けのリゾート施設のホテルやリラクゼーション施設でP・Kメディカルの基礎化粧品を扱って貰っている。
今回、社長が代替わりした挨拶回りをしているのでうちにも顔を出す話になっていた。本来なら社長である親父が対応するのだが、あいにくインドネシアに出張中で不在なので代わりに俺が挨拶する事になったのだった。

「わかった。あそこの応接室なら問題ないだろう。」

 挨拶と仕事の話を一時間くらいして……。もしかしたら早めの夕食になるかもな。

「営業メンバーを数人用意しておいてくれ。食事する事になったら連れて行く。」

 今晩も文には会えなさそうだ…。

彼女は俺と会えなくて平気なのだろうか…。いつも連絡をするのは俺からという事実に少し悔しさ似た淋しさを感じた。
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