眠れる森の王子は人魚姫に恋をした
会場に向かうと黒田が入り口で待機をしていた。

「副社長、社長がお探しでした。今、あちらの中央に矢部議員と一緒にいらっしゃいます。」

「あぁ、探されている理由も分かっている。」

「それから矢部議員は実は営業の矢部さんのお父様らしいです。」

黒田がこっそりと耳打ちをしてきた。

「それも既に知っている。」

足早に親父のいる方へと向かうと黒田も黙って俺の後ろをついてきた。
俺の親父は割と子供を信じてくれるタイプの人間だからきちんと説明すれば理解してくれるはずだ。問題は矢部議員だ。テレビで見る限り我が強い印象だ。機嫌を損ねて仕事に影響を及ぼすことにならなければ良いが…。その点だけが心配だったのだが思いもよらぬところで問題は解決していた。

「あ、航希くん。」

葛城社長が俺を見つけて持っていたグラスをこっちだとばかりに軽く上げた。

「将文さん…。」

親父と矢部議員と娘の矢部芙美。それの中に何故か葛城社長が混ざりこんでいた。
先ほどとは違って矢部は浮かない顔をしている。

「お探しいただいてしまってすみません。少し会場から離れたところにおりまして…。」

矢部議員にお詫びをする。

「いやいや、こちらこそ申し訳ない。思い込みの激しい娘がご迷惑をかけていたようで…。いや~そうとは知らず、先ほどは恥ずかしいことを言ってしまった。」

チラッと矢部の事を見ると俺とは目を合わせようとしない。

この一瞬で一体何があったんだ?

彼女の居心地の悪そうな表情とは逆に将文さんは笑顔だった。

「実は僕は矢部議員とお会いするのは今日が初めてなんだが、僕の父と矢部議員は同級生でね。世間話ついでに、先日P・Kメディカルにお邪魔した際にお嬢さんとお会いした話もしてね。航希くんには心に決めてた女性は娘さんではないと思うと伝えたんだ。そしたら彼女が本当のことを話してくれたよ。」

「まったくうちの娘ときたら…。わがまま放題に育ててしまったせいかね。そうだったらいいなで親に報告するとは…。」

どうやら将文さんがうまいことやってくれたらしい。助かった…。

「いやいや、お嬢さんのせいだけではないですよ。うちの息子もいつまでも独り身でいるから期待を持たせてしまうんです。」

「お互い子供には振り回されて大変ですなぁ~。アッハッハッハ。」

矢部議員の笑い声は体格同様に豪快だった。

「市ノ川社長、独身の話をされると僕の耳が痛くなります。あははは。」

お酒の入っていることもあり、明るい雰囲気にも助けられ上手いところに落ち着いてくれていた。

「娘がまた突っ走ってご迷惑をおかけする前に連れて帰りますよ。というか、お前は社員なのに何も手伝いはないのか?」

「今日はお父上とご一緒だからと休暇届をだされたそうですよ。」

黒田が矢部の今日の勤怠状況を告げた。

「おっお前…。職場の皆さんに迷惑をかけて…。」

「だぁ~ってぇ~、パパと一緒に来れば副社長との縁談がうまく纏まるんじゃないかと思って期待してたんだもん。」

駄々っ子の様に頬を膨らます姿はいい年をしてまるで子供のようだった。

「息子もこんな美人なお嬢さんに気に入られて幸せですよ。今日は人手が足りているようなのでお父様との時間を楽しんでください。」

そう言うと親父は黒田に二人を送るように指示を出し、矢部親子が会場から出たのを確認すると、

「航希、葛城社長が仰っていた心に決めた女性に私も会って見たいな。」

と言って振り返って笑った。

「葛城社長が会話に加わる前は、お前とお嬢さんの結納やら婚約披露パーティーをいつにするかと勢いがすごくてな…。一体なんの話をされているのか理解できなかったんで葛城君には助けられたよ。」

「御曹司あるあるですね。僕も自分の知らないところで日取りが決められていたことが多々ありましたよ。はははっ。」

「将文さん、ありがとうございました。」

誤解を解いてくれた将文さんに深々と頭を下げた。

「いやいや、頭を下げられるようなことはしてないよ。勝手に進んだ結婚話に自分は捨てられたんだと勘違いされたことがあってね…。航希くんもこのままじゃ同じ道を進んでしまう気がしてお節介だとは思いつつも、ついつい間に入ってしまったよ。」

きっとその相手も例の女性なのだろう。いつものように切ない表情を浮かべていた。
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