眠れる森の王子は人魚姫に恋をした

決断と覚悟

大量に詰め込まれた冷蔵庫を見つめながら夕食のメニューを考える。

「お昼はパスタだったから…。和食にしようかなぁ…。」

雰囲気の良いバルコニーでプロポーズの予告をされたあと、何とも素敵なタイミングで私のおなかが唸り声をあげたのだった。恥ずかしさのあまり軽くリンゴを通り越して噴火寸前のマグマの様に真っ赤にしていると、『文と一緒だ次から次へと楽しいことが起こる。』と大爆笑された。おなかの音をきっかけに二人で1階のキッチンへ向かうと、ここに来るときには私の手料理が食べたいと言っていたのに、スーパーで買ったサーモンとほうれん草を使ってクリームパスタを作ってくれ、あまりの美味しさに大騒ぎした私のおなかは大満足だった。
料理は滅多にしないそうなのだが、バーを経営している友達が作り方を教えてくれたそうで、このパスタだけは自信があると言っていた。

食後は別荘の周りを散歩したり、たくさん買い込み過ぎた食材を消費するためにチーズケーキとクッキーを焼いた。
お菓子作りの間、特にやることのない航希は子どもみたいに覗き込んではクッキーに使うナッツやジャムをちょいちょいつまみ食いして私に怒られるのだが、その度に甘く濃厚なキスをし、『俺たち新婚の夫婦みたいじゃない?』と喜んでいた。

「はぁー…。それにしても買い過ぎよ…。」

食材があり過ぎて逆に献立が決められない。とりあえず、足の速そうな魚や肉類を使うメニューから調理を始めた。

 煮魚と…それと、肉じゃがなら野菜もいっぱい使える。

 味噌汁も具沢山にして…。

食べ物が多すぎて悩むなんて初めての経験だった。幼いころから母と二人慎ましく生活をしていたので、すべてにおてい必要最低限のものしか揃えられていない。施設を出て自分で生計を立てるようになってからもそれは続いていた。

 残った食材どうするつもりなんだろう…。まさか捨ててしまうんじゃ…。

幸いなことにキッチンの戸棚にはタッパーや、フリーザーバッグがストックされていた。時間が許す限り買ってきた食材を常備菜用へと調理し冷蔵庫に詰め直した。

 よし!ここで食べきれない分は真希ちゃんの家に持って帰ろう。

冷蔵庫の扉を閉めて振り返ると仕事の件で黒田さんと電話をしに外へ出ていた航希が立っていた。

「うわぁっ!びっくりした!」

「ごめん、脅かすつもりじゃ…。」

戻って来るや否や直ぐに腰に手を回し唇を重ねてくる。ここに来てから数えきれないほどキスをされていた。

「俺が電話している間に沢山作ったんだね。まるでデパ地下の総菜コーナーみたいだ。くくくっ。」

「航希が買い過ぎるからいけないのよっ!ずっと立ちっぱなしで料理してたから足がくたくた。」

「それならあっちでマッサージしてあげようか?」

リビングのソファーを見て指をさす。

 何だろう…。今日の航希はやたらとスキンシップが多い気が…。

良からぬことに発展しそうなので機嫌を損ねない様にマッサージを断り、ダイニングテーブルへ綺麗に盛り付けた料理を運んで夕食にしようと誘った。

「黒田さんとの電話、随分と長話してたみたいだけど大丈夫なの?」

炊きたてのご飯をお茶碗によそいながら訪ねてみると一瞬、苦い顔をしたのを見逃さなかった。

「んー…。今のところ大丈夫。」

「今のところって…。本当は直ぐに戻った方が良いのじゃないの?」

「なんだかんだ言っても、最終的に決定権は社長である親父にあるからなぁ~。こないだの出張した件で予定外の事があったんだけど、今できる指示は出してある。明日の夜、親父と担当者と話し合って何とかするから文は気にしなくていい。」

別にすべてを知りたいわけではないし、仕事の事で相談されても答えられないだろうから、『気にしなくていい』と言われてそれが当たり前なのだけど…。どこかこれ以上入ってくるなと線引きをされてしまったような雰囲気があり、胸のあたりがチクリと感じた。
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