眠れる森の王子は人魚姫に恋をした
「何か取られたものはありますか?」

初めに駆け付けたのは男性の警察官2人組だったが、女性の一人暮らしという事を配慮してくれたのか、暫くすると婦人警官がやってきて柔らかい口調で話しかけてくれたので、次第に手の震えが落ちた。

真希ちゃんと健くんの2人は結婚の準備のため慶くんの実家に今いるそうで、大変な時に申し訳ないが直ぐには行けないと言われた。

本来なら彼氏である航希に連絡するべきなのだと思うが、2人の時間を切り上げてまで戻らなければならない大事な仕事だと分かっていたので連絡する事が出来なかった。

「…もともと高価なものは置いていないので、パッと見る限り荒らされただけのようです。」

『高価なもの』という言葉を口にしてふと思い出す。

 あっ!お母さんのブレスレット!

急いでしまっている引き出しを開けて確認するが、いつも通り綺麗にケースに入れてしまわれたままの状態でそこにあった。

 良かった…。

「何か気になる事でもありました?」

慌てて引き出しに駆け寄り、中身を確認している私を見て不思議そうに婦人警官が訪ねてくる。

「あ、母の形見が気になって…。でも、大丈夫だったみたいです。」

「形見ですか…。この事をお知らせするご家族やご親族はいらっしゃいますか?」

「私…施設出身で兄弟もなく身寄りがないもので…。どこにも知らせなくて大丈夫です。」

「…そうですか。今日はこのままご自宅で過ごされますか?鍵を交換してからの方が安心かと思われますが…。」

確かに鍵をかけても再び開けられてしまう可能性あると思うと不安になる。夜になれば真希ちゃんは帰ってくるけど、それまで1人でここにいるのは心細い…。どうしたら良いものかと悩む。

「ところで、この封筒の山はどうされたんですか?」

テーブルに置かれなままになっていた先ほど郵便受けから回収した大量の茶封筒に婦人警官が気付いた。

「…あのぉ…。誰かの恨みを買ってしまったのか、数週間前からポストに届くようになりまして…。」

婦人警官含め警察官3人が封筒の中身を見て表情を変えた。

「こちらの手紙の件で警察に相談は既にされてますか?」

初めに到着した男性警官の1人が聞いてきた。

「いいえ、そのうち収まるだろうと様子を見ていた所です。」

「もしかすると今回の件は、ただの空き巣や物取りじゃないかもしれないですね…。」

先ほどとは別の男性警官が呟いた。

「そうね…。ストーカーや嫌がらせの線もありそうだから、一度、警察署に来てもらって詳しく聞かせてもらった方が味方になれるかもしれないわ。この後、警察署に来れます??」

「この後ですか…?」

真希ちゃんが帰宅するまでかなり時間はある。それまで何処かで時間を潰すなら警察署にいるのが安全なのかもしれない。と思った時だった。『バタンっ!』っと、大きな音と共にドア開いた。

「長月っ!大丈夫かっ!?」

アパートのドアから西田くんが飛び込んできたのだ。

「えっ?西田くんが何でここに??」

予想外な人物の登場に目を大きく見開いて驚いた。

「園田先輩から連絡があって…。直ぐに急いできたんだけれど、パーキングを探すのに時間を取られてしまって…。」

勢いよく飛び込んできたものの、室内にいる警察官に気付いて西田くんは大人しく頭を軽く下げたて会釈をする。

「あら、彼氏さん?来てもらえてよかったわね。」

身内が居ないと話していたので、誰か駆けつけてくれる人がいた事に婦人警官は安心た顔をみせた。

「えっ、ちがっ…。」

「犯人は見つかりますか?」

私が否定しようと言葉を発したのを遮るように西田くんは警察官に質問した。

「下着など含め取られたものは無さそうなので、怨恨の線が疑われますね。手紙の線から捜索すれば見つかるかもしれませんが、不法侵入の線からだけだと難しいかもしれません。」

荒らされた部屋を確認していた警察官が答えた。

「そうですか…。」

「手紙の事を彼氏さんもご存知だったの?それであれば、やはりこの後警察署まで来てお話を聞かせてもらおうかしら?2人で来れるなら帰りも安心だし。」

「分かりました。車で来ているのでこの後伺います。」

西田くんは彼氏じゃないと言いたいのだが、否定するタイミングを掴めないまま、どんどん話は進んでいき、誤解されたまま警察官は帰っていった。

アパートを管理している不動産屋に連絡をして鍵を交換してもらう手配をしてもらったが、夕方にならないと鍵屋さんが来れないと言うので先に警察署へ行くことになった。

「車を取ってくるから下で待ってて。」

アパートから離れたところにあるパーキングに停めたと言っていたので、西田くんはそう言い残して先に部屋を出た。
一人荒らされた部屋をぐるりと見渡し、大きくため息を付くと、カバンの中に母の形見のブレスレットをしまった。そして、果たしてこの部屋の鍵をかけることに意味はあるのか?と思いながらも容易に開けられてしまった鍵をゆっくりと回し施錠をした。
数時間前までは航希と幸せな時間を過ごしていたのに、今は世界が180度変わって人生で一番嫌いだった西田くんと部屋を荒らされるという不幸の中にいる。アパートの入り口に着くと青い車から西田くんが降りてきて、助手席のドアをけてくれたのでお礼を言って乗り込むが、今までされたことのない彼の優しい態度が違和感あり過ぎて気持ちが悪い。
運転席に戻りハンドルを握りしめる彼の表情がどこか少し嬉しそうな気がして訝しむような視線を送ってやった。

「…ごめん。こんな時に悪いけど長月と一緒にいられらるのが嬉しくて…。」

学生時代の西田くんからは考えられない言葉が聞こえ、隣にいるのは双子の別人ではないかと一瞬錯覚しそうなほどだった。
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