ボクんちの先生。もとい、先生んちのボク。

 
 きょうもオカメさんは机の前で、ボサボサの頭をひねりながら、締め切り間近の執筆に余念がありません。

「ってか、なんで竜馬は若くして殺られちまったんだ? もうちっと長く生きてりゃ、歴史は変わってたかも知れねぇのに。歴史が変わってたら、私は何やってたんだろ? その前に生まれてっかどうか分かんねぇか……」

 そうぼやきながら万年筆を置くと、オカメさんは伸びをしました。

「あ~あ~あ~、かぁ? どれ、天気もいいし、散歩でもすっか。ちゅー、お前も同行するか?」

 暇潰しに縁側で、庭に咲くピンクのコスモスを眺めていた、ピンクのリボンを首に結んでいるボクに声をかけてくれました。

「チュー」

「じゃ、ラビットファーのポシェットに入りな」

「チュー」




「風が気持ちいいやなぁ。なぁ? ちゅー」

 野球帽にジーパン姿のオカメさんは、ホントの年齢より、ん歳ぐらい若く見えます。

「チュー」

 ファスナーをちょびっと開けたポシェットから鼻先を覗かせたボクは、オカメさんがおっしゃるように風を感じてます。爽やかな秋の風を……。



 人気(ひとけ)のない公園のベンチに腰かけると、オカメさんはポシェットからボクを出してくれます。

 自由に走り回りながら、土や草花と触れ合うのは気持ちがいいものです。

「わ~い! わ~い! サッカだ!」

 近所のガキンチョどもです。

「ん? 呼んだ?」

「? ……わ~い! わ~い! サッカ-だ!」

 ガキンチョどもはサッカーボールで遊び始めました。

(……作家じゃなくて、サッカーね。ふむふむ、なるへそ)

 ガキンチョどもは下手くそな蹴りで、おっとどっこい、すってんころりです。

「おーい、サッカーやるんなら、学校の運動場でやりな」

 オカメさんが注意しました。

「うっせー! ババァ」

「バ、ババァ? 黙れっ、このクソガキがっ! おたんこなすのすっとこどっこい! チキチキバンバンのステテコシャンシャンがっ!」

「……ゲ」
「……ゲ」
「……ゲのゲ」

「あのぅ、うちの子が何か?」

「! ……まぁ、こちらのお坊っちゃまたちのお母さまでいらっしゃいますか?」

「ええ、そうですが、うちの子が何か?」

「この公園には、球技禁止の看板がございますのよ。お子さまに教えてあげてくださいませ。オホホホ」

「ムッ。……ほら、みんな行くわよ。チッ!」

「……ォ」
「……カ」
「……マ。逃げろっ!」

 ダダダッ!!!

「ったく、近頃のガキはっ。親が親なら、子も子だ。ちゅー、異常はねぇか? 蹴られたとか、踏まれたとか」

「チュー」

「さ、帰ろ。この公園には二度と来ねぇぞ。ったく、気分悪りぃ」

 オカメさんはご立腹です。でも、怒って当然だと、ボクも思います。




「先生、お昼できましたえ。たぬきうどんを作りましたえ」

「キツネもええけど、タヌキもええな。毛深い系は好きやわ」

「もうすぐ寒くなりますさかい、ぬくいのが一番どすわ」

「ツルツル。ん~、美味しいわ」

「ユズが隠し味どすがな」

「ガブカブ。ん~、絶品やわ」

「ナスの漬けもんも食べておくれやす。釘で色鮮やかにしたんどすがな」

「ポリポリ。ん~、美味しい。ほんま、絶妙な茄子紺(なすこん)やわ」

「そうどすやろ? 美しい色にするのが難しいんどすえ。釘の数は多しても少のうてもあかんのどすわ。ま、わての腕の見せどころどすな。ほな、また、後で、夕飯の支度に来ますよってに。ほな」

「ほな、また、後で」

 ワテさんが帰ると、ボクのために残してくれたうどんをボクの皿に入れてくれます。

「ちゅー、昼飯、食べな」

「チュー! ムシャムシャ」

 麺類だから、粋にツルツルといきたいところですが、無理みたいです。ボクら 齧歯類(げっしるい)は、かじるのは得意ですが、吸うのは苦手です。



 オカメさんはお風呂に入る時、ついでにボクも洗ってくれます。

 ボク専用の洗面器は、猫の絵柄です。

 気に入ってます。

 ボディソープを泡立てた大きな洗面器のお湯の中で、ボクは潜ったり、泳いだりします。

 ブクブク、スイスイ。最後にオカメさんがシャワーで洗い流してくれます。

 気持ちいいです。



 ボクのベッドは、オカメさんの枕元に置いてある、バスタオルを敷いたバスケットです。

「……ちゅー、……おやすみ」

「……チュ……」

 うとうとしているオカメさんと、睡魔に襲われたボクでちゅ。

 ボクはこのバスタオルで寝るたび、オカメさんに出会った時のことを思い出します。
< 2 / 3 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop