愛されていると勘違いしそうなのでこれ以上優しくしないでください

夕食ができあがり、書斎をノックする。

「智光さん、お夕飯できましたよ」

「……すぐ行く」と声が聞こえて、書斎から智光さんが出てくる。

一緒にいただきますをして、いつもと変わらず今日も美味しいと褒めてくれて、何気ない話をして一緒にごちそうさまをする。仕事が忙しいのにちゃんとこういう時間も大切にしてくれる智光さんに頭が下がる思いだ。

「お仕事忙しいんですね。私、なにかお手伝いできますか?」

「いや、やえは先に休んでいてくれ」

「……はい」

同じ久賀産業に勤めているからと、私にも何かできることがあるんじゃないかと思ったけれど、やはり平社員と社長業では全く違うらしい。役に立てないことに少しばかり落ち込む。

「そんな寂しそうな顔をされると心が痛むが……」

「えっ、あっ……そのっ」

とたんに体が熱くなる。私、いったいどんな顔をしていたんだろう。

「ち、違いますっ。智光さんが無理してないか心配しただけで」

言い訳がましく反論するけれど、智光さんはくっと目尻を落として笑った。そしてぽんと頭に手が置かれる。

「やえの寝顔は可愛いからな。それを見るだけで癒されるよ」

ボボボっと頬に熱が集まった気がした。
寝顔が可愛いだなんて、なんてことを言うんだ。

「ち、ちゃんと寝てくださいね」

「もちろん」

「私、先にベッドで待ってますから」

「……なんかいやらしい響きに聞こえたのは俺だけ?」

「ちっ、ちちち、ちがっ、そういうことじゃ、なくてっ」

ああもう、智光さんの言動にいちいち翻弄されてしまう自分が憎らしい。

智光さんはくっくと余裕の表情で笑うと「朝はやえのキスで起こして」と耳元でささやいて書斎へ入っていった。残された私は顔を真っ赤にしてその場にへたり込む。

こんなの、心臓がいくつあっても足りない。
しかも智光さんに揶揄われている気がする。

……それなのに、嬉しいって思ってしまうなんて。
私は完全に智光さんの虜だ。
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