愛されていると勘違いしそうなのでこれ以上優しくしないでください
 
「ひとまず生活用品を揃えよう」

「はい」

とは言ったものの、私の貯金はほとんどなく何も買えないのは目に見えている。

今の私の持ち物は、お兄さんをぶん殴った通勤用カバンに財布、ハンカチ、ポケットティッシュ、水筒。財布の中には保険証や銀行のカードが入っていて、カバンを持っていてよかったとあの日の自分を褒めたい。しかも水筒にいたってはほんの少しへこんでいる。

「どうした?」

「あ、いえ。えっと、社長にお話ししたかどうかわからないんですけど、お兄さんに馬乗りになられたときにカバンでぶん殴っちゃったんです。そのときにできたへこみかな、と思って」

「ああ、なるほど」

「お兄さん、大丈夫でしょうか」

「心配してやる義理はないと思うが。それより、名前」

「あっ、と、智光さん」

慌てて言い直せば、智光さんはくくっとおかしそうに笑った。

うう……慣れない。
だけど本当に夢を見ているみたい。

私、本当に社長と……智光さんと結婚するんだよね?
私はそれで救われるし、何より智光さんのことを好きだったから願ってもないことだけど……。だけど智光さんはどうなんだろう。本当にそれでいいんだろうか。

智光さんはいつも優しくて社員想いの人だから、だから慈悲で結婚してくれるのだろうか。だとしたら申し訳ない。
< 57 / 143 >

この作品をシェア

pagetop