愛しのディアンヌ
「あの子は、膝に乗せていた愛犬が吐いても汚いと言って眉をひそめる子だった」

 鼻水を垂らすなんて一生の不覚。それなのに、彼は、甘い微笑を湛えながら私の頬をなぞっている。

「君が俺のキスシーンを見て泣くなんて嬉しいな。君は、俺のことが好きなんだね?」

「好きです。混乱して頭がどうにかなりそうでした」

「俺は、ディアンヌが焼餅をやいてくれたことが嬉しいよ。君は、愛らしい小鳥ちゃんだね」

 小鳥ちゃんと呼ばれると、バクバクと鼓動が跳ね上がっていく。

「そ、そんな……、もうからかわないで下さい」

「からかいたいんだよ。だって、君は耳まで赤くなっちゃうからね」

 どんな顔をすればいいのか分からない。下宿に着く前にハンカチで顔を拭い、キリッとした顔つきに戻そうとして姿勢を伸ばすとルイージが楽しげに言った。

「疲れてなかい? 夕飯はどこかに食べに行こうか?」

「実は、ここに来る前に食事の下準備は終えているんですよ」

「さすがディアンヌ。段取りがいいんだね」

 いつのまにか無事に仲直りしている。それでも気になる事があった。

              ☆

 帰宅後。私は厨房に入ると、すぐさまオーブンに火を入れながら思案していた。ルイージは誰かに命を狙われているのかもしれない。でも、誰がそんな事を?

 奇妙な違和感が疼く。

 スープが煮立っている。ブクブクッ。

 長ネギをサラリと散らしながらツラツラと考え込んでいく。リュカが招待客から手紙やお菓子をまとめて受け取っている。アーモンドがちりばめられたチョコレートはルイージの好物だ。犯人はそのことを知っていた事になる。

 毒入りチョコレートを贈りつけた人間の真の目的は何なのかしら……。まさか、孤児への嫌がらせ?
 
 それとも、事件じゃなくて事故なのかしか。チョコレートの職人が間違えて調合したのかもしれない。
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