お父さん

お父さん

私は、18歳の時に、今の夫と駆け落ちした。
夫は、19歳だった。

夫は、バンドをやっていて、仲間達とプロになる
為に東京に行くと言い出した。その時、私はお腹に赤ちゃんがいた。

夫は、実家に、結婚の挨拶に来た。父は、

「定職もつかずに、わけのわからんうるさい音楽で、飯なんて食っていけるわけないだろ。夢みたいなことばっか語ってるお前なんかに、娘を嫁には、やらん。帰れ。こんなやつの子供を産んでも、ろくな奴にならん。出来るだけ早く堕ろせ。」と怒鳴りつけた。

父は、小学校の教師をしていた。後に、校長先生にまで、なった。

でも、私は夫のことが大好きだったし、夫の子供を産みたかったので、駆け落ちした。

母は、影ながら、私達のことを応援してくれた。
父に隠れて、仕送りも送ってくれていた。

出産の時、とても不安だったので、ホントは母にそばにいてほしかったけど、父が、私の所へ行くのを止めたらしい。

父は、私達のことをずっと嫌っていた。
実家に帰ることも許されなかった。

私が実家に電話をして、父が電話口に出た時は、ガチャンと切られた。

私は、父を恨んでいた。どうして、許してくれないんだろうと。

夫達のバンドは、オーディションを受けても、全く受からず、何年経ってもデビュー出来ず、気がつけば解散していた。

夫は、普通の会社員になった。

あれから、30年経った。父は、3年前に認知症になって、施設に入っている。コロナが流行してから、面会も出来なくなったそうだ。

しかし、この頃、やっとコロナが緩和してきて、面会もできるようになったらしい。

兄から、つい先日、電話があった。

「今度の祝日、こっちに帰ってきて父さんに会いに来いよ。」と兄が言った。

私は、「何言ってんのよ。父さんは、私のことが大嫌いなのよ。」と言った。

「父さんは、お前のことなんて覚えてないよ。」兄は、笑って言った。

「もう、俺のことも、亡くなった母さんのことも覚えてないよ。」兄は、悲しそうに言った。

「そうなんだ。わかった。行くよ。」

私は父に会いに行くことに決めた。

会いに行く当日、私は、不安だった。私が、覚えているのは、父が結婚を反対した時の鬼のような怒った顔だった。

私の顔見たら、記憶が全部蘇って、どなりつけてきたら、どうしよう。

施設に着いた。職員さんが、父の部屋に案内してくれた。

「井上さーん、娘さん来ましたよ」職員さんが言うと、部屋の中の車椅子に乗った白髪のおじいさんが、ニコッと微笑み、「はじめまして、井上清三(せいぞう)です。今日は、遠い所まで、わざわざ足を運んでくださいまして、ありがとうございます。」と丁寧に挨拶してきた。

私のこと、すっかり忘れてる。何が、はじめましてよ。30年会わないうちに、すっかり、おじいさんになっちゃって、しかも、人のいい優しいおじいさん。昔とは別人。

10年前に母が亡くなった時は、帰ってくるなと電話で怒鳴られて、死に目にも会えなかった。

「あー、はじめまして。井上さん、ご家族は?」
私が聞くと、父は、ゆっくり話しだした。

「うちには、妻と息子と娘がいます。息子は、少年野球で、ピッチャーをしててね、将来、メジャーリーガーになるのが夢なんですよ。娘は、すごく優しい子でね、将来、幼稚園の先生になるのが夢なんです。ピアノもすごく上手でね。」

父の中で、私達は、小学生の時で止まっている。

父の話は止まらなかった。

「私は、ずっと娘が欲しかったんですよ。念願の女の子が生まれてホントうれしかった。名前は、花って言うんです。私も妻も、花が好きでね。
キレイな花のように、華やかに明るい女の子になってほしいっと思ってつけた名前なんです。名前通りの可愛い子でね、ホント、可愛くて仕方ないんですよ。あの子は、絶対、誰にも嫁にやりたくない。まだ、小学生ですけどね。」

父は、笑いながら話している。

父は、ホント、子煩悩で、私を可愛がってくれた。キャンプに、よく連れて行ってくれた。
私は、子供の時、父に、一度も怒られたことがなかった。

私は、涙が止まらなかった。この30年、父を恨み続けていた。父は、こんなに、私を愛してくれてたのに。

「お父さん、ごめんね、ごめんね。」私は、父に抱きついた。父は、私の頭を優しく撫でながら言った。

「どうしたのかな?大丈夫ですか?きっと、私を見て、あなたのお父さんを思い出したんですね。きっと、あなたのお父さんもあなたを愛してますよ。親子ってね、喧嘩することもあるけど、結局、血が繋がってるから、何があっても、許せるんですよ。子供を嫌いな親なんていませんよ。あなたは、愛されてますよ。」

「すいません。急に抱きついたりして。私は、お父さんが大好きなんです。私は、父から逃げてました。もっと早く会いに来たらよかった。そしたら、もっと、いろんな話ができたかもしれない。
父に嫌われて悲しかった。仲直りしたかった。」
私は、泣きながら話した。

「大丈夫ですよ。あなたのお父さんは、あなたのことを許してますよ。今でも、あなたのことが大好きですよ。早くお父さんに会いに行ってあげてください。」父は、温かい笑顔で言った。

「わかりました。今から会ってきます。井上さんお元気で。」私は、笑顔で手を振り、部屋を後にした。

お父さん、私のこと忘れてたなー。でも、きっと
許してくれてたはず。そう思いたい。














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