"ぶっきらぼうで笑わない女神"の恋愛事情
出会い
◇◇◇◇◇

職場の壁に掛けられた時計が秒針を刻む。

仕事を振られないよう息を潜め、終業時刻を待つのは葛葉真琴(くずはまこと)26歳。

5.4.3.2.1 終了!

カウントダウンと同時にパソコンのシャットダウンキーをクリックし、椅子から立ち上がる。
いつもは定時を過ぎてしまう帰宅も、今日は譲れない。

しかし、年度末に定年を控えた課長から声をかけられた。

「葛葉さん、この試算表の計算合っているか見てくれないか?」

A3サイズの用紙が真琴の前に差し出される。
ウォンバットのような柔和な顔を向けられると何故か断れない。

「新しく就任した専務が確認するやつなんだが、再来週の帰国が早まって、来週早々には出社するそうなんだよ。今日中には提出しておきたい。なにせ厳しい人だからねぇ、ミスは許されん。機械を信じていないわけじゃないんだが、葛葉さんの方が信用できる」

さりげなくプレッシャーをかけられているが問題ない。

「かしこまりました」

抑揚のない返事で用紙を受け取り、数字でびっしり埋め尽くされた表を列毎に暗算する。

「課長、この最後の数字が違います」

「え⁉︎そ、そうか⁉︎」

「数式が誤入力されているのかも知れません。担当者に確認してもらってください」

「わかった。さすが葛葉さんだ。ありがとう」

「それでは、お先に失礼いたします」

「おーい、山田くん!山田くんはどこ行った?」

慌ているであろうに、全く慌てているようには見えない課長の後ろ姿を遠目に、真琴は一目散にロッカーへと向かった。
急いで帰り支度をし、会社をあとにする。

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