婚活
「でも彼女は、心の中では泣いていたんだよ。そんな事にも気付かず、僕は彼女に甘え続け……そして失った」
「加納さん」
「いちばん大切な人の心もわからない僕が、何が人の深層心理だ。ハハッ……。お笑いだよ」
今まで見た事のないような加納さんの悲しそうな瞳と、吐き捨てるような言葉に驚きを隠せない。
「だからきっぱり辞めたんだ」
「辞めた?」
加納さんが天を仰いだ。
「研究室も辞めて、心理学とつく、あらゆるものから逃げるようにして、ちょうど途中入社を応募していたまったく畑違いの今の会社に入社したんだ」
「そうだったんですか。だから私の心の内も……」
「いや、まったくわかっていないよ」
エッ……。
「沢村さんも、さっきの彼も、僕から見ると摩訶不思議で予測不可能だ」
「そうでしょうか……」
「沢村さん。どちらかが素直になれば、どちらかがヘソを曲げる。かと言って、お互い素直にはなれない。人の心って難しいよね。傍から見たら歯がゆいと思うけれど、当事者にしてみたらやっぱり相手の心は見えないんだ」
相手の心は見えない。それじゃ、私の心も加納さんには見えていないの?
「加納さんには、私の心は見えていないんですか?」
「当たり前だよ。本当の沢村さんの気持ちなんて、僕にだってわかる訳ない。僕が沢村さんに言ってきた事は、大半が憶測だよ」
「憶測?」
「いい言葉ではないよね。人の心をいい加減に推し量るわけだし、勝手に推測してるだけなんだから」
「……」
「人の心は本当に深いものなんだ。当たり前のように自分が思っていても、相手にとっては思いも寄らない想定外の事だったりする時もある。それでも人間とって面白いと思えるのは、やっぱり個々に考え方の違いや受け止め方の違いがあるからこそ、ぶつからないんだと思うよ。もし同じ感性、同じ価値観の人間同士ばかりだったら衝突してばかりだと思うしね」
エッ・・・・・・?
衝突してばかりいる和磨と私は、もしかして。
「加納さん。もしかして、和磨と私って……」
見ると加納さんは、優しく微笑みながら黙って頷いてくれていた。
「同じ感性、同じ価値観なんですか?」
「今度は、いい言葉だよね?」
和磨と私が同じ感性、同じ価値観だなんて。
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