【一気読み改訂版】とし子の悲劇

【第57話】

時は、9月1日の昼前のことであった。

アタシは、ことでん志度線の電車と100円バスを乗り継いで屋島の展望台へ行った。

レモン色のTシャツとインディゴブルーでピンク色の花のししゅうがついているジーンズ姿のアタシは、赤茶色のバッグを持って、頂上のバス停から屋島水族館まで歩いて向かった。

ところ変って、屋島水族館にて…

アタシは、バス内で購入した水族館のチケットを入口で提示したあと水族館に入った。

うすぐらい館内に、緑色のランプがあかあかと灯っている水槽の中で、魚たちがたくさん泳いでいた。

館内に、カップルさんたちや家族連れのお客さまたちがたくさん来ていた。

幸せイッパイのカップルさんや家族連れを見たアタシは、顔が曇った。

アタシは、ダンナからうけたきついDVとレイプが原因で心身ともにボロボロに傷ついた。

だから、再婚なんかしたくない…

そんなことを思うだけでも悲しくなった。

アタシは、午後2時半過ぎに屋島から出発した。

「くすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすん…くすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすん…」

アタシは、帰りことでん志度線の電車の中でくすんくすんと泣いた。

高松市内に戻ったのは、夕方5時頃であった。

夜8時に予約のお客さまが1件あったので、デリヘル店に出勤した。

9月2日はアタシの生理休暇であった。

アタシは、日付がかわる30分前まで働いた。

日付が変わって、9月2日の深夜1時過ぎであった。

「おはよう。」
「とし子さん、おはよう。」

アタシは、赤茶色のバッグを鏡台の台の上に置いた。

鏡の前に座る前に、インディゴブルーでピンクの花のししゅうがついているジーンズを脱いだ。

鏡の前に座ったあと、レモン色のTシャツを脱いだ。

衣服の下は、白のブラジャー・ショーツを着けていた。

アタシは、鏡台に置かれている花王ビオレの拭くだけコットンのケースの中からコットンを1枚取り出した。

そんな時であった。

アタシの横に座っているピンクのブラジャー・ショーツ姿の女のコがメイクをしながらアタシに話しかけた。

「とし子さん。」
「なあに?」
「今朝のテレビのニュースの内容を知っていたらと思って、お聞きしたいのですが…」
「9月1日は防災の日だから、防災訓練のニュースのことかなァ?」
「違うわよ…オレンジタウンのことです。」
「オレンジタウンって…」
「オレンジタウンの落書きだらけの家のニュースですよ…家の住人たちが問題の家の主に対して立ち退きを求めたのに…立ち退きに応じなかった…そのせいで、住人が次々と引っ越ししたことよ…オレンジタウンの近辺に、警察だけじゃなく陸上自衛隊《ジエータイ》までも投入して、強制立ち退きを始める準備に入ったそうよ。」
「それ、本当のこと?」
「うん。」

アタシはこの時、あいつの家が強制立ち退きの準備に入っていることを知った。

もう、そこまで来たようね…

けれど、今のアタシはそんなことはどーでもよかった。

アタシは、メイクをきれいに落とした後、新しい色のリップとアイシャドウをつけた。

ところ変わって、宮脇町のマンスリーアパートの部屋にて…

ファミマには夜の始め頃に入る予定であったので、日中はマンションの部屋で寝ることにした。

毎晩アタシは、雑木林で恐ろしい覆面をかぶった男に追われる夢を見ていた。

ヤダ…

また雑木林で怖い覆面をかぶった男に追われる夢が出たわ…

何なのよ…

白のブラジャー・ショーツセット姿のアタシは、ふとんから起き上がった後、ほがそ(ぐちゃぐちゃ)の髪の毛を右手で思い切りかきむしった。

(ピンポーン…ピンポーン…)

この時、玄関のベルがひっきりなしに鳴っていた。

アタシは、白のブラウスをはおったあと玄関に行った。

「どなた?」
「とし子…母さんよ…」

(ガチャッ…)

母の声を聞いたアタシは、ドアを開けた。

「お母さん。」
「とし子…少しの間だけかまん?」

母が部屋に入ったあと、アタシはドアを閉じてロックした。

ちゃぶ台のそばに敷かれている座布団に母が座った。

アタシは、冷たい麦茶を母に差し出した。

母はアタシに、あいつがアタシのせいで結婚するはずだったカノジョとの結婚をやめさせられたことを今でもうらんでいると伝えた。

それを聞いたアタシは『あっ、そうなのね…』と冷めた声で言うた。

母は、アタシに対してもあいつと離婚した後はどうしたいのかとたずねた。

「とし子…とし子はしゅうさくさんと離婚するつもりでいるのね。」
「つもりじゃなくて、とっくに離婚したわよ!!あの甘ったれバカは、ちょっとでも気に入らないことがあれば、アタシに八つ当たりしてうさを晴らしていたのよ!!アタシは心身ともにズタズタに傷ついたのよ!!再婚なんかイヤ!!絶対にイヤよ!!」

アタシの言葉を聞いた母は、その場で泣き出した。

アタシは、震える声で母に言うた。

「お母さんが言う女の幸せの意味が分からない!!お母さんが言う女の幸せとは、結婚して子供を産むことしか知らないのね!!」
「くすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすん…くすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすん…」
「ふざけるな!!どんなに泣いてもアタシは一生許さないわよ!!」
「とし子…ごめんね…ごめんね…ごめんね…」
「どんなにあやまってもダメよ!!壬生川《にゅうがわ》で暮らしていたときのダンナと離婚したあと、アタシは再婚したくないと言うたのよ!!それなのに、どうしてアタシに再婚しろと言うたのよ!!」
「おとーさんが…どうしてもとし子の花嫁姿が見たいと言ってたから…」
「おとーさんは、アタシの花嫁姿を見ることしか楽しみがないと言いたいのね!!」
「おとーさんは…他に楽しみがないのよ…朝から晩までせっせと働いて、職場と家庭の往復しか知らないのよ…」
「バカみたい!!おとーさんとおかーさんはふざけてるわよ!!アタシばかりをエコヒイキしたことが原因で兄たちから反感を受けた!!…それでアタシがどれだけつらい思いをしたのか…何とか言いなさいよ!!」
「とし子…おかーさんとおとーさんは、許してもらえなかったら生きて行くことができないのよ…」
「それじゃあ死ねば!!」
「ひどい…ひどい…」
「そんなに許してもらいたければ、アタシを34歳の頃まで戻してよ!!アタシの人生をめちゃくちゃにしたから、一生うらみ通すわよ!!アタシ、実家に一生帰らないわよ!!おとーさんの遺産相続等の権利はすべて放棄するわよ!!」

母は、アタシにひたすら許しを求めた。

アタシは『死にたきゃ死になさいよ!!』と言うて怒った。

アタシは…

実家の両親の…

あやつり人形なんかじゃないわよ!!

もうだめ!!

三原の実家には…

一生帰らないわよ!!
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