雪降る夜はあなたに会いたい 【上】


 我ながら、なかなかにヘビーな状況だと思う。

 それでも不思議と力が湧いてくる。

 俺には、何にも代え難い存在がいる。あの笑顔を思い浮かべれば、ただ単純に強くなれる。

「すみません、榊理人は出勤していますか」

雪野も勤めていたアルバイト先に出向き、ちょうど裏口から出て来た女性を呼び止めた。

「……ああ、もう別にいいかな。榊君なら、もうとっくに辞めましたよ」

突然見ず知らずの人間に声をかけられて一瞬たじろいだようだったけれど、俺の姿を一瞥してそう言った。

「辞めた……?」

雪野が去った今となっては、もうこの店に用はないということか。

「ええ……って、そちらはどなた?」

その女性が、気の強そうな目で見上げて来た。

「ああ、すみません。榊と申します。理人の……兄、です」
「……え? お、お兄さん?」

住まいも電話番号も知らないのに兄と名乗っていいのか甚だ疑問だが、そうとしか言いようがなかった。

「榊君、突然辞めてお店としては結構大変だったんです。ただでさえ人が減って困っていたのに」
「弟が迷惑をおかけして申し訳ない。では、失礼します」

雪野も俺のせいで店を辞めなければならなかったのだ。黙ってはいられずに、気付けば頭を下げていた。

 理人が、もうここにいないのなら仕方がない。また、別の手段を取るしかない。

雪野は、理人の連絡先を知っているのだろうか――。

少なくとも二人は、同じ場所で働いていた者同士。この店はそんなに従業員もいないと聞いていた。

あんな風に抱きしめるくらいには、親しくしていたのかもしれない――。

そう思うと、得体のしれない息苦しさに襲われた。それでも、恥とプライド、そして醜い嫉妬心を心の奥底に追いやり、雪野に尋ねた。

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