雪降る夜はあなたに会いたい 【上】


唇を重ねて下唇を啄ばまれる。感触を確かめるように、ゆっくりと、そして何度も。そんな唇の重ねられ方をしたら、胸の奥の方が甘く疼いて仕方がない。

私を、勘違いさせないで――。

やるせなくてもどかしてくて、自然と唇が開いてしまう。
はしたなくも、もっと深くと身体が勝手に求めようとしてしまう。

「……そんな顔するくせに、どうしていつも、この口から出て来る言葉は本当に言いたいことじゃないんだ?」

触れていた唇がわずかに離れて、さっきよりさらに掠れた声が少し悲しく響く。

「そんな、こと――っ」
「おまえは、本当はもっと、言いたいことがあるだろ」

すぐ間近にある目が一瞬歪んで、でも、それはすぐに私の視界から消えた。消えたと同時に、深くこじ開けるようなキスが降って来た。大きなてのひらが私の顔を固定して、逃げられなくする。荒ぶる舌の感触だけをただ感じる。

 創介さんの肩の向こうにあるフロントガラスには、白い綿がいくつも積み重なって私たちを閉じ込めて行く。冷たい空気から守られた車内に、二人の吐息が零れては落ちて行った。



「疲れているのに、送らせてしまってすみません」

私の住む市営団地の敷地内へと続く道路から、少し離れたところで降ろしてもらった。

「俺がおまえを連れまわしたんだ。寒いんだから、家の前につけてやったのに」
「ここで、十分ですから。本当にすみません」

もう一度頭を下げた。

「雪に濡れる。この傘、持って行け」
「でも、走ればすぐですから――」
「いいから」

黒い男性用の傘を押し付けて、早く行けと言うように創介さんが運転席から私の顔を見上げて来る。

「ありがとうございます」

傘を受け取り頭を下げて、すぐに背を向けた。
でもすぐに足が止まる。私の心には、何かが引っかかっている。

疲労を隠せないほど仕事が忙しいのに、どうしてわざわざ私と会ったりしたのか――。

理由を聞けなくても、何かを言わずにはいられなかった。

「どうした?」

まだ止まったままの車へと戻ると、創介さんが驚いたように窓ガラスを開けた。

「あんまり無理しないでください。私のことは、気にしなくていいので……」

――おまえは、本当はもっと、言いたいことがあるだろ。

その言葉が不意に胸に蘇る。どうしても不安になる。
創介さんの表情が変わった。

「家族が心配する。もういいから早く行け」

でも、私の言った言葉には触れなかった。
創介さんの困ったような顔が、脳裏にこびりつく。

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