雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
授業の後はアルバイトの時間まで図書館にこもる。常に上位三パーセント以内の成績を取り続けなければ授業料免除の権利がなくなってしまう。
必死に勉強しながら、週五日のペースでアルバイトをする。
授業料がかからないとは言え、生活するにはある程度のお金は必要になる。 必要最低限の衣服代、教科書代や交通費をアルバイト代で賄い、残りは母に渡していた。
弟の優太は高校一年で、まだまだ学費がかかる。 少しでも家計の助けになりたい。
大学の授業とアルバイト、その二つに生活のすべてを捧げていた。
そんな生活を一変させることが起きたのは、十月の雨の日。授業を終えて、いつものように図書館に向かおうとした時、クラスメイトに声を掛けられた。
「戸川さん、お願いがあるの!」
同じクラスというだけで、顔以外のことはよくわからない。 見上げて来るその女の子の綺麗な栗色の巻き髪が、くるんと揺れる。
「これから他大の人とのパーティーがあるんだけど、一人来られなくなった子がいて。どうしても誰かもう一人誘わなくちゃいけないの。戸川さん、一緒に行ってくれない?」
日常で関わることのない単語に頭がついて行かない。 そもそも、彼女とは友人ですらない。
「ちょっと待って。なんで私? そういうの、行ったこともないし、それに私これから予定あるから」
そんなものに関わりたくなくて、咄嗟に嘘をついた。 本当はこの日、アルバイトはない。
「そこをなんとかお願い! ソウスケさんの手前、絶対に誰かを連れて来いって言われてて。お願い、私を助けると思って」
自分とは別世界に生きている女の子が、私に頭まで下げている。
その『ソウスケさん』とやらは、一体何者なのだろう。
黙っていると、彼女は顔を上げて私の手を握りしめて来た。
「ほんの一時間、いや、三十分でもいい。嫌になったらすぐに帰っても大丈夫だし。誰も連れて行けなかったら、私、怒られちゃう……」
彼女の目が潤みだしたのに気付いて驚く。
本当はアルバイトはないのだから、時間を作れないわけでもない。目の前の彼女を見ながら、大きく息を吐いた。
「……それって、お金かかる?」
「お金? ああ、そんなこと? それなら心配しないで!」
いきなりお金の話なんかを持ち出されて面喰っているのがありありと分かる。彼女たちにとっては"そんなこと"でも、こっちにとっては大問題だ。
「それに私、こんな格好だけどいいの?」
上から下まで、どれをとっても三千円以上する服はない。下はジーンズ、上は白いカットソーにグレーのカーディガンを羽織った、普段着以外の何物でもない服装だ。
「平気だよ。パーティーって言ってもカジュアルなものだから」
「……本当に、顔を出すだけでいいなら――」
「ありがとう! この恩は絶対に忘れないから!」
濡れていた目はあっという間に乾いたみたいで、心の底から嬉しそうに微笑んでいた。
自分のお人好しぶりに後悔するのは、パーティー会場に行ってからすぐのことだった。