シークレット・ガーデン~英国紳士の甘い求愛と秘密~

13.甘くとろけるような



 最初の一回は本当にふわりと触れただけ。けれどすぐにまた口付けられる。
 莉緒が逃げないか、怖がらないか、それを確かめるように軽いキスをレオンは繰り返す。
 最初こそ緊張でガチガチに固まってこそいたものの、繰り返される行為に段々と莉緒の心身も解れて行く。


 ちゅっとリップ音を立ててされたキスが、一つの合図だった。


「んぁっ」
 次のキスは閉ざされた唇の間を舌先でくすぐられる。言外の許可を求められて、莉緒は薄く唇を開いて彼を招いた。
 ぬるり、侵入してきた肉厚な舌が莉緒の口腔を探り始める。
 内頬をなぞられ、ざらりと歯列を辿り、そうしてその奥で未だ戸惑っていた小さな舌を見つける。
「ふっ、ぁあ」
 まるで話しかけるようにちょんちょんと舌先で突き、そろりと側面を舐め上げて来るので、遠慮がちに莉緒の下がそれに応えれば後は一息だった。
「んーっ、んむぅ」
 さっきまでの遠慮がちな態度は何だったのかと思うほど、一転猛攻が始まる。


 ぎゅっと抱き竦めるように激しく絡め取られた舌。
 レオンとの初めてのキスはチョコミント味だった。レオンの側ではきっとバニラ味がしている。二つの味が緩く口の中で混ぜ合わされる内に、莉緒の息はすっかり上がっていた。


「リオ、可愛い」
「ぷはっ」
 たたでさえ酸欠状態なのに甘い声と顔で“可愛い”なんて言われて、意識がぐらりと揺れる。
 大きな手が両頬を挟んで愛でるようにむにむにと動かされる。
「リオの口の中、すっごく気持ちイイ」
 ストレートな物言いに莉緒は羞恥で真っ赤になった。その反応にふっと笑って、レオンは飽きずにまたキスを落としてくる。
「んっ、ふぁ、レオンっ」
 ちゅぷちゅぷと舌が絡む度に淫靡な水音が鳴る。
 人に求められる感覚は心地が良かった。トキメキと妙な安堵感で、カラカラに乾いていた莉緒という人間が満たされていく。
「はぁ、ぁ、」
 息継ぎも上手くできない。口の端から零れた唾液は、けれどレオンの長い指がすぐさま拭っていく。


 どれほどその行為に溺れていただろうか。
 ふと莉緒は腰の辺りにまさぐる気配を感じて、数瞬の後ハッと正気に返った。


「ま、待って」


 裾から侵入した手が背中を直接に撫で上げたところだった。ぞくりと駆け上がる痺れを押し殺して、けれど莉緒は静止をかける。


 この流れ。この雰囲気。どう考えてもこのまま最後まで雪崩れ込む勢いだ。
 でも。


「あ、あの、あの、早くない?」
「早い?」
「えっと、だってその、私はレオンのこと、す、好きだなって思うけど」
「僕ももちろんそう思ってるよ」
「それは有難う。で、でも、そう、今私達、お互いの気持ちを確かめたところじゃない?」


 告白したその日に身体の関係まで。
 莉緒だってもういい大人だ。男女の経験だって少ないけど、一度もない訳ではない。
 スピード感のある恋愛もあることだって分かっている。
 だけどここは慣れ親しんだ母国ではなくて。相手は文化も習慣も違う中で育って来ていて。いつも以上に及び腰になるのは、当然のことだった。


「こう、順序をもう少し、こう……」
「例えば」
「人となりを知って行く時間と言いますか。ほら、対話を重ねたり、デートしてみたり、そういうの?」
 しどろもどろになりながら、思いつく限りのことを口にすればあっさり言われた。
「したよね」
「え」
「そりゃ恋人同士としてではないけど、対話もデートも。一つ屋根の下で生活してると、小さな挙動の一つ一つに性格って出るものだし、普通よりもずっとお互いを見定める時間はあったと思う」
「う……」


 確かにそれはそうだ。二人での外出も、会話も沢山している。期間は短いかもしれないが、その分濃厚だった。二人で共有する時間が多かったから。
 そしてそれだけの時間を共有しても、苦に感じるようなことはほとんどなかった。
 では自分はどこまでいけばOKの判断を下すのだろう。今と一ヶ月先ではどう違う?
 段々と思考がぐるぐるしてきて、どこにどう線引きすればいいのか分からなくなってきたところだった。


「いや、うん、リオの気持ちが整ってないなら待つよ。デートで絆を深めるのが必要だって言うなら、そうしてもいい。というか、それはしたい」
 レオンの方がそう言って、身を引く。


 その瞬間、いや違う、間違えた、と莉緒は悟った。


「――――ご、ごめん」
「どうしてリオが謝るの」
 レオンは不思議そうにするが、莉緒は構わず続けた。
「正直に言います」
 本当に不安に思っているところは順序や時間ではない。
 そして思っているところは真っ直ぐ言葉にしなければ伝わらないものだ。


「か、身体目的じゃない? シたいだけじゃない? わ、私、レオンに身も心も預けても大丈夫かなぁ、とか……」


 あなたを疑っていますと言っているも同然のセリフだ。そして訊かれて身体目的です、勢いで雪崩れ込もうと思ってますと答える馬鹿正直な人間がいるだろうかとも思う。
 でも、胸の内の不安をちゃんと知ってほしかった。


「リオ、それは当然で、そして正当な心配だよ。君にはノーと言う権利がある。自分の心と身体と尊厳を守ろうと、そのために慎重になるのは当然のことだ。だからそんな顔しないで」
 言われて、頬に手を当てる。自分がどんな顔をしているのか自覚はない。
「別にそれで気持ちが冷めたり、腹を立てたりしないよ。するヤツとは縁を切って、早急に逃げた方がいい」
 あぁ、どこまでも常識的で、紳士だなぁと莉緒は思う。
 こちらの不安を認めて引いてくれる人は探せばそれなりにいるだろうが、ここまで莉緒の側に立って丁寧に言葉を尽くしてくれる人はきっとそういない。
 立ち上がり距離を取ろうとする彼の背中に、莉緒は思わず言葉を投げかけていた。


「…………痛くしない?」
 乏しい過去の経験から、咄嗟に出たのがその言葉だった。
 もっと他に言いようはあっただろうとすぐさま後悔するが、意図は伝わったようだった。
「リオ、無理強いしたい訳じゃないから」
 諭すような声音。


 彼は優しくて、誠実だ。
 だから莉緒も彼に対してそうありたいと思う。少なくとも、嘘や誤魔化しを使いたくないと、そう思う。


「私の心に、私以上に丁寧に寄り添ってくれる人を、レオン以外知らない。今、そう確信できた。レオンは私のことを大切にしてくれる人だって」


 ころころ言うことが変わって申し訳ない。もう今日はそんな気はないかもしれない。
 そもそも、こういうことをこちらから言うのは慎みがないとか、そういう風には取られないだろうか。
 色んなことが莉緒の頭の中を巡るけれど。


「い、痛くしない?」


 もう一度、繰り返せば。


「しない。最高に気持ち良く、とろっとろにしてあげる」
「と――――」
 思わず赤面してしまう言葉で以って、彼は答えてみせた。


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