38年前に別れた君に伝えたいこと

scene.3


一人暮らしの生活にも、ようやく慣れ始めた。

家の事を全て妻に任せてきた僕には、彼女が居なくなった反動は大きい。

自分の服さえ何処にあるのか分からない、
近所付き合いも妻に任せっきりで何をどうすればいいのか分からなかった。


幸せだったあの頃、2人で子供の成長を見守っていた。

誰もが親になる経験は初めてで、戸惑いながらも力を合わせて最善を尽くしてきたつもりだ。

そんな愛すべき子供が、高校に上がった頃に言い聞かせた事を思い出した。

「お父さんが、世界中で1番愛してるはお母さんなんだ。悪いけど、お前たちは2番目だから」

子供たちは、特に意外な顔もせず頷く、

「やがて、お前達もそう思えるようなパートナーに巡り合って、幸せになって欲しい」

妻が聞いてたら
"私は、あなたが1番じゃないわ"
って言うかもしれない、

でも、親はいつまでも子供の側にはいられない、

子供が巣立った後、残されるのはパートナーだけだ。
だから、若い時から常に妻の事を一番に考えてきたつもりだった。


毎晩、そんな昔の事を考えているうちに、
いつも眠りにつく。



「お父さん、また此処で寝ちゃったの?風邪ひくよ」

娘の声で目が覚めた。


妻の居ない寝室では寝られなくなってしまった、
50を過ぎても、2人寄り添い眠りについていたから。

たとえ真夜中に目覚めてしまっても、いつも妻の温もりを側に感じて、安心して再び眠りにつく。
 
もし妻のいない寝室で真夜中に目覚めてしまったら、きっと僕は失意のどん底に堕ちるだろう。


娘が窓を開けて部屋の空気を入れ替える。
「はいはい、掃除するから着替えて」

近くに住む娘は、僕の事を心配して絶妙なタイミングで顔を出してくれる。

「翔くんは、どうした? 仕事か?」

「家で純平の面倒をみてるよ、連れてくると掃除も出来なくなっちゃうから、顔を見たかった?」

「いや、大丈夫だよ、優樹菜、いつも悪いなぁ」

「しょうがないよ、お父さんは仕事で忙しくて家の事は全てお母さんがやってたんだから」
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