再会から始まる両片思い〜救命士の彼は彼女の心をつかまえたい〜
翌朝、目覚めはあまり良くない。
昨日のことを思い出すたびあれこれ考えてしまいよく眠れなかった。
せっかくの休みなのに何も手につかず、ぼーっと過ごしてしまったが冷蔵庫に何もなかったのを思い出し、買い物に出かけることにした。
近くのスーパーだからいいや、とパーカにデニム、スニーカーを履くとキャップを目深にかぶりメイクしていないのを隠す。ダウンを羽織り、玄関を出てエントランスを出ようとしたところで後ろから声をかけられた。

「のどかちゃん!」

え?
思わず振り返るとそこには赤い顔をした夏目さんの姿があった。

「夏目さん?」

彼は花壇の植え込みから立ち上がると軽くお尻をはたいていた。
私に向き合うと思い切りガバッと頭を下げた。

「昨日はごめん。本当に悪かった」

あまりの勢いに驚いた。それよりもなぜ彼がここにいるのだろう。
呆然として何も返答できない。すると彼は頭を下げたまま話を続けた。

「昨日あんなこと言って気分を悪くしたよな? 実はこの前、話したいことがあってのどかちゃんが日勤だと思った日に病院へ立ち寄ったんだ。その時原島先生と仲良さそうに車に乗り込んでいくのを見かけた」

あ、あの時……。
原島先生が由那ちゃんに会いに行かないかと誘ってくれた日だ。それ以外で車に乗ったことはないもの。

「ふたりの楽しそうに笑い合う姿にイライラして嫉妬したんだ。のどかちゃんはそんな辛い恋愛をしちゃダメだと思った。だから昨日つい君に当たるようなことを言ってしまった。恋愛はもちろん自由だ。でも、出来るなら幸せな恋愛をしてほしいんだ」

「なんで……」

彼の必死な言葉に私は声が詰まる。

「わ、私は不倫なんてしてないって昨日言いました」

「あぁ。誤解なんだと思った。だから謝りに来た」

「な、夏目さんだって彼女がいるのに私に思わせぶりな態度はやめた方がいいと思います」

やっと昨日から何度も頭の中でうごめいていた言葉を口に出した。

「彼女?」

怪訝そうな声で彼は顔を上げた。

「俺に彼女はいない。いたら君を遊びになんて誘ってない。食事だって行くわけない」

「そんなわけ……だって、夏目さんの部屋にはペアのマグカップがありました。それに明らかにプレゼントだとわかるマフラーもしてました」

必死に頭を整理しながら話かけた。

「あ、あと女性からの電話もありました!」

「え? ペアのマグカップ?」

「そうです! 夏目さんの部屋には行った時お揃いのピンクで私にカフェオレを出してくれましたよね? 彼女のカップで出すなんて不謹慎だと思います」

捲し立てるように私は彼を問いただす。

「ピンクのマグカップ……あ、あれか。あれは姉のだ。同居してた時に使ってたカップだ。でもペアじゃないぞ。マフラーもその姉が独り身で寂しいからって笑いながら、これで温まって、と渡してきたやつだ」

「そんな……でも電話! 麻央って書いてました」

「麻央か。それは姉の娘だ。クリスマスプレゼントの催促の電話だからあの時は出なかった」

勘違い? 彼に聞けば簡単に教えてもらえることだった。それなのに私は勘繰って、面と向かって聞かなかった。自業自得だ。

「俺は彼女なんていない。いたら大切にする。そして大切にしたいのは君だ」

夏目さんは私の目を見てストレートに口にした。

「君が好きだ」

彼が私を好き? まさか。
ふと彼の顔を見上げると熱い視線が私を見つめている。
私の鼓動はどんどんと速まり、胸が苦しい。
ずっと私も彼が好きだった。彼女がいるから諦めなければならないと思い込んでいた。彼に不倫を疑われて悔しかった。でも勘違いされたまま、不倫をするような女だと思われているのは嫌だった。私が彼を好きだから誤解されたままでいたくなかった。
要するに私は彼が好きだから、彼の目に映る自分は綺麗なままでいたかったのかもしれない。

胸の中でストンと何かが落ちた。
うん、私も彼が好き。

私は彼に向かって勇気を出した。

「私も夏目さんが好きです」

絞り出すような声でやっと伝えると、ガバッと彼に抱きしめられた。
彼の腕の中にすっぽりと包み込まれ、彼の匂いが私の鼻をくすぐる。
私もそっと彼のジャケットを掴んだ。ようやく私も自分から彼に触れていいんだと思った。
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