冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
「自分はそうは思いません。
あの時、貴方は最善で最短に事件を解決しようと、犯人にかけた言葉は間違いでは無かった。香世様だって分かってるはずだ。
香世様が1番貴方の心を心配しているのではないでしょうか?」

真壁は思いのタケを話して聞かせる。

「香世が戻って来なかったら…俺は……。」
香世の血で汚れたままの手を見つめ
罪の意識に押しつぶされそうになる。

「朝、いつもの時間に前田さんに迎えに行かせます。それまで、寝て身体を休めて下さい。
香世様のためにもそうするべきです。
絶対、彼女は意識を取り戻します。
その時貴方が元気でなければ悲しまれます。」

正臣は目を閉じ瞼の裏に香世の笑顔を映し出す。
彼女の為に最後までこの任務を全うしなければならない。目覚めた時、彼女に恥ずかしく無いように…。

家に帰ると、明け方にも関わらずタマキが玄関で待っていた。

「香世様は?ご無事ですか⁉︎
その血は?誰の血ですか⁉︎」
タマキは俺の手を見て青ざめ事の重大さを知る。

「香世は…病院に、怪我の処置をしたが…
頭を強く打った為、未だ意識を取り戻さない。後で身の回りの物を持ち看病に行って来てくれ。」

「まぁ……なんて事でしょう…。」
タマキは座り込み、発する言葉も忘れて途方に暮れる。

「俺は風呂に入ってとりあえず軍法会議に備える。」
淡々とそう言って、正臣はまだ薄暗い廊下を歩き風呂場に消える。

呪文のように頭の中で香世の名を唱えながら風呂に入り身体を洗う。

(香世…頑張れ死ぬな…目を覚ましてくれ…香世…。)

手から洗い流される香世の血がお湯に溶け流れるたびに、やるせない思いで涙が流れる。

大人になって涙など流した事は一度もなかった…
それなのに今、流れる涙を止める事も出来ず、ただひたすら彼女が目覚める事を祈る。
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