冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
「香世の父上の会社の事だが…。」
正臣が静かに話し出す。

「今現在、何とか持っている状態で今月に不渡を出せば銀行からの融資もおりなくなり危ない状態らしい。」

昨日の今日で早速状況を把握するべく動いてくれたらしく、
内部事情や従業員への給料の未払いなど事細かに調べあげていた。

「そこで、どうするべきかと考えたのだが、
お父上にそのまま残って経営を助ける人を呼ぶべきか、退陣して頂き新たな体制で立て直すべきか、香世はどう思う?」

えっ⁉︎と、香世はびっくりして目を見開く。

もちろん今まで経営に携わった事も無ければ、会社にさえ行った事が無い。

「私になぜ、聞かれるんですか?」
驚きを隠せず正臣に問いかける。

「香世が1番辛い思いをした筈だ。
誰も好き好んであんな場所に行きたいとは思わないだろう。」
正臣は香世の心情を推測ってくれたようだ。

「私は、私が出来る事をしたまでです。
特に父を恨んだりはしていませんが…
ただ、がっかりはしました。
父親として少なからず尊敬はしていましたから…。
そこまで追い込まれていたのかもしれませんが。私に何の愛情の一欠片も無かった事に落ち込みました。」

香世は思ったままを口にした。
本来ならば親に対して物を申す事自体間違っていると教わって来たから、正臣がどう捉えるかは分からないけれど…。

少し沈黙の後、

「香世は偉いな。
そのように自分の人生を割り切れることはなかなか出来ない。だから、心配でもある。
そなたは誰かの為に喜んで命さえも捧げてしまいそうだ。」

そう言うと正臣は寂しそうに笑う。

「出来れば香世には誰かの為じゃ無く、
自分の為に生きて欲しい。」
なぜこんなにも私の事を思ってくれるのだろう。
香世は不思議な気持ちで正臣を見つめていた。
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